Category : 雑談

長崎線に乗ってみた。

長崎線の面白さは長崎駅、でも今のじゃなくて地上にあった以前のもの。三角屋根(だったと思う)も好きだったが、すり鉢の底の部分にある長崎駅は、街並みがコロセウムのように囲まれた特徴的な駅だ。ホーム数はそれなりにあって、ホーム平行の向こう隣に機関車の駐伯所、電留線、列車引き上げ線、隣に貨物ヤードがあってその横はもう海にべったり、めちゃめちゃ(幅が)広い。同じ終着駅でも枕崎駅はホームが一本のみ。 今のようにきれいになる前は、遊園地の乗り場並みで、「ここまで来てこれ?」かって力が抜けた。それではいかにも・・・と思ったかどうかわからないが、新たな駅舎が出来あがり周辺含めてきれいになった。カツオが有名で、おいしい一品を出してくれるお店もいくつかあるが、「端っこだ!」と息巻いていも看板だけでは、思うほどの賑わいにはならないようだ。 世間並に自宅待機を守り、予想外出来事も重なったというF君が、久々にやってきてくれた。 「長崎に行ったんですか?」ーなんで?大村線のディーゼルカーの話? 「そうです。また電車乗りにですか?いいですね楽しそうで、他にはどこ・・何に乗ったんですか?」ーところで、また意見を聞きたい「前みたいに(鉄道の将来性とかの)難しい話しじゃないですよね?ー鋭いすぐわかるな、でも難しくもないし、まともに長崎線の話だ。 干拓防潮堤 雲仙岳と787系 「ああ、西九州新幹線ですよね、部分開業してチケットなんだとか?」ーそう、ちょっと旬な話題だ、でもそっちより在来線の方「在来線が何か?でもどうなるんですか?特急とか無くなりますよね?第三セクター、廃線ってことにはなりませんか?」 ー廃線にしたら新幹線が鳥栖でつながらん。あんまり聞かんが、上下分離らしい「上下分離?」ー電車はJR持ち、地上設備(線路とか)は管理団体(第三セクターとか)のような「へえ、動くんですね。肥薩オレンジ鉄道とかといっしょですか?」ー正確には知らん、でも普通列車がそれなりに走る。ところで長崎線の可能性について聞きたい「そう来ましたか・・・でも軽便みたいな話は出ませんよ」ーそれもいいが、それでは佐賀県知事の意向に添えん「また大袈裟な、知事の知り合いなんていないんでしょ?」ーあれは福岡、まあ同じだ。在来線でも十分長崎を感じられるという企画を考えてみた。「よくわかりません」-そりゃそうだな、まあ簡単に言うと博多と長崎を1時間30分にするっていう計画だ「今は?」ー2時間くらい。新幹線から乗り継いで1時間40分くらい。「30分ですか。でも新幹線を使うより早いじゃないですか、どのように?」ー簡単だ、地上設備の改良をする。「全くわかりません」ー線路だな、日豊線の小倉と別府が120㌔、鳥栖と長崎が大体いっしょ、白い(かもめ)ので走るのに前者が70分、後者が105分。「日豊線のあの辺って複線だったように思いますが・・・でもまた地味な話しですね」ーそう大分くらいまで複線、でもそれ以上に速度が違う。 有明海太良 大浦 「まあそれはそうですが。単純に速度だけなら上げれば済む問題では?」ーチョットした理由があるらしく、同じようにするのは無理だな。鹿児島線はともかく長崎線の西、特に鹿島から諫早の間が、単線に加え制限速度区間、停車駅はないけど本数が多い分、減速や運転停車は新型電車だけでは解決にはならないようだ。「チョットした理由っていうのは?」ーそれはあとで言う「わかりました。でどうすれば?」ー線路。信号所等の複線区間を利用して(長く)多くする。増設、もう一本増やして複線化。曲線半径を大きくし、ポイントは20番台で交差角度を緩くする。同時に線路等級も上(鹿児島線北部並み)のランクに上げて軌道強化を図る。と、こんな具合だ。「話を聞くだけだとへえーって感じですが、所要時間が25分短縮ってことですよね?さっきの距離なら単純に平均速度が25%程度は高くなる、40とか50㎞なら・・って思いますが、もっと(速度)高いんですよね?」ー平均で70㎞くらいかな「最高速度を+20%として、さっきの話だと部分的にでも100㎞/hは超えますけど、それってほんとに可能ですか?」ー可能。現状でも10%くらいは上がるんじゃないかと思っとる「それはまた何故?」ーJRに変わった後の(とても高性能とは言えない当時の)485系で最速105分、885系を導入して最速で90分の時もあった。元々最高速度が公証130㎞/h(設計上では150km/h)まで出せ、曲線通過が+30アップするにも関わらず、最近の同じ所要時間っておかしくないか?「まあそうですね、もっと早くても全然おかしくない」ーそのとおりだ、時間短縮にもならないのに一編成10億も掛けて振り子式の電車を長崎線に投入、でもほとんどかわらない。最近では振り子すら使ってないようだ・・・「使ってないんですか?」ー多分ない!使って吹っ飛ばせば、所要時間が黒いかもめ(787系)と同じにならない。「じゃあ同一運用にしているからですか?」ーおお、いい答えだが、俺の考えは違うな。「じゃあ電車が古くなったから新しいやつを作ったーですか?」ーそれもあるかもしれんが、新幹線の計画が持ち上がったのは50年くらい前、途中、計画が怪しくなったが、出来ることが前提なら、無くなるところの設備のアップグレードは極力やらない。それに在来線のスピードアップがどんどん進むとどうなる?新幹線のメリットが減ってくるだろうし、過剰設備って事になりかねない・・・ということで新幹線じゃなくても利点がある事を考えてみたわけだ。「なるほど、おもしろそーですね」ーそうやろ、これを発展させるとJR九州や他にもメリットがある。「で、実際どれくらいなりますかね?」ー(長崎ー鳥栖間に限って)現行で105分だが、単純に速度アップと単線における交換を最小にすれば、90分。で、停車駅を諫早、鹿島、佐賀の三つにして停車時間を短くする。最後にと言うか最初にやりたい地上設備を改良して制限速度を上げるとさらに15分くらいは削れる予定、これに博多鳥栖を加えて95分で走れる。どう?ー「細かい事はわかりませんが、なんとか数字は合ってますね」ーそう実際やるともっと早くなるかもしれない。 大浦駅885系×2 フルーツバス停 「それはなぜですか?」ー道路と違って鉄道建設はどこでも出来るわけじゃあないみたいだ。凸凹の道路をアスファルトで軽く補修するのとはわけがちがうからね。隧道、橋梁、軌道敷設など高度な土木技術の集合体だが、今の技術力でやろうとすればー「白いかもめ」を150km/hで走らせられる軌道整備ができると思っとる。「今回は軽便じゃなくて新幹線的な線路ですか?お金かかりそうですが・・・」ーそれなりには、でも新幹線1kmあたり70億円くらいらしいから3km分なら改修できんじゃないの?「でもそうすると今走っている新幹線は?」ーそっちは在来線サイズに直してやっぱり885系で今度は200km/hで走らせればいい話。日立の笠戸工場がはりきって新幹線並みの885系‐700番台かなんかを作ってくれるだろ。「在来線で200㎞/hですか?試験的ではなく?」ー在来線ではすでに可能と言われていて、問題は実現させられる路線が無いそうだ。「それだとさっきの在来線は?」ーまあ普通に各駅停車、あと新線を走らない、すなわちスピードを言わないから料金の安い博多行急行とか門司港行夜行列車、あとJRの得意技の旧型ディーゼルのリメイク列車かな。他に貨物列車ーまあこっちは長崎に貨物ヤードが無いので別な議論が必要だが。 「実現性は?」ーある、相当もめるが。でも佐賀県知事は喜んでくれると思っている。 「提案されてみては?」-やっぱり知り合いがおらんのだ。 (続く)

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定食屋さん 8・2かなりあちこちして少しアップデイト

もう数年前のことですが、「ところで・・・」と切り出されて「この辺に食べ物屋さんってあります?」との質問が、このテーマの始まりでした。 こういった時期なので、なかなか出掛けるのもためらいがあるかもしれないが・・・と書いて本格的にコロナ禍となり、それから早二年、「不要、不急の場合は出かけないように」とのお達しが出たかと思えば、「行動に制限は求めない」と理解ができそうにないので、もう考えるのもやめた。 さてさて、久々に登場させ、加筆をして再登場することにしてみました。 いつの間にやら定番となったデリバリーとTake Out。(コロナ禍始まりに比べ)目立たなくはなりましたが、いまでも昼時分には、店先にお弁当が売り出されているところもあるので、(行ったことのない)お店の好みを知るにはいい具合です。 グルメ本の解説や食べログ情報のように気の利いたところを紹介できるわけではありません。本業のリードやマウスピースの話をするだけで手一杯だ。お客さんであるNさんのようにネットサーフィンからトライとチャレンジを繰り返し、ジャンルを問わずに何がメインなのかわからない店をも次々探索、行くキッカケを狙い、「敵はカロリー制限だけだ」なんて人とは比べ物になろうはずがない。ーで早速ですが、 すぐ近くから。ウチを出て天神方面にすぐそこ何十秒の「泰元食堂」ですが、お肉の(定食)メニューで、好きな人達が多く、わりと行列になるところです、まあ・・・でした。「13年間・・・」という張り紙とともに2月半ばに閉店、スケルトンになる間もなく、次のお店が開業しました。でも運営元は同じみたい。ーですが、先だって(令和4年7月)厨房機器が取り出され、現在はスケルトン状態となっています(今は内装工事が行われ、まもなく正体がわかります)隣にあったプラザ赤坂も5月中旬に閉店(こっちも解体工事真っ只中)、ちなみにあの天神平和楼跡に新規開店。隣にもパチンコ店があり、平和楼の建物は壊さず居抜きかなんかで速攻営業中。先ほどの同じビル(モスバーガーが1F)の上階にスリランカ料理(警固本通りの少し離れたところにも他の店がある)の店があり、ここもウチより長いはず 道路を渡って目の前「GABURI」学生であったT君はこちらがちょっとお気に入りのよう。先ほど(もと泰元)と同じくお肉のお店で「1オンス、〇〇円」というスモールなステーキハウスです。少し前に通った時にちいさな注意書きがあり、中はあの一蘭と同じく仕切りを設置。しばし休業していましたが、今はやっています。 そこから歩道に沿って西に数メートル、「ロッサ。ロッサ」定食堂と言うよりレストランがありました。見た目は地味ですが、昼間は外にお弁当を販売していた時期もあり、入れ替わりや業種転換の激しいこの辺りにあって比較的長くあったお店、「バル」って言う名称をハシリに使ったお店の一つです。ところが休業って思っていたら何と!内装工事がはじまった。時期が時期の(2年前の)4月だからてっきりあれか?と思い、出来上がりをみると全く違う店となり開店。開店中はバス利用者のために椅子が使えるようになっています。テイクアウトが始まりました。 うちの斜め向こうにある「セブン」の角を南に進んだ先の信号の交差点を右折し、人通りの多い「警固本通り」を100mくらいいったところにあるのが「わっぱ定食堂」。木造ガラス張りで中がよく見え、入り・・引き込まれやすい。ほかに、今泉にもあって、以前は赤坂門通りに系列のカレー屋さんがありました(←今はありません。メニュー一品の主役感が特徴・・・と思う)昼食時には数量限定品(!)とそうでないワンコインのお弁当があります(今でもやってんのかな?)ユーバー含めテイクアウトができます。ちなみにそこまでの通りは、コロナ禍真っ只中ほどではありませんが、戻ってはいます、でも夜は早まっているかもしれません。(その内に紹介するかもしれない→とその中の二軒ほど紹介します、夜だけですが、かわ屋さん。基本予約で結構大変です、いつ通ってもパンパン!もう一軒は「弐の弐」で、家族連れでも行けて人気のお店ですが、平日は余裕があるようですが、週末は名前を書いて空席待ち、夜は少し早い。あと向かい側にえびすというお店があります。夏前に改装されて広くなりましたが、その前に小さい靴修理のお店がありましたが、撤退、飲食やアパレル外の数少ない業種だっただけにちょっと残念。 さて次は、・・・さっきの国体道路「警固西」(がぶりってお店の)交差点を渡り、次の警固本通りとの交差点(角に有名なラーメン屋さんがあります)を過ぎて50mくらいのとこにあるのが「いっかく食堂」余所見をしていると通過するかもしれない、ちょっとわかりづらい所(かも) 昼間は名前どおりの定食、いわゆる「ランチ」の営業、夜はメニューが少し換わって○○+○○の洋食系・・・いつだったか?刺身(その時はかんぱちでした)と○○という和定食なものがありました。レギュラーメニューだったのかそれともたまたまか?(あと玉子のおかわりがあったような・・・)あと、「わっぱ定食堂」と同じく昼も定番の弁当も販売しています。 さてその次。先ほどからまっすぐ、コンビニを左に曲がり、次の角を右に曲がる、暗がりに「王丸食堂」の明かりが目立つ王丸食堂。店(マンション自体)が新しくきれいになって今風ですが、相当以前からあり、その頃は住宅地の中にある食堂っていう感じで、和洋問わず種類も多く、そのものずばり定食堂です。現代のように方向性や量、こだわりなど、何かを前面に押し出しふうではありません。昔との違いは厨房がオープンで広くなったところ・・・。意外な定休日なのと夜が早く閉まります。 先ほどのコンビニの手前にパン屋さんがあってモーニングセットをやっています。場所柄(薬院)マンションが多くこの辺りではここだけ?のような・・・。 (逸れますが)パン屋でいうと店の近く、右に出て一方通行を北(逆方向)に行き、中央体育館の手前左手に"BREAD"というお店が。そのものずばり「パン」大胆な名前です。以前は明るいうちには締まっているのを見たことがなかったのに最近見たところ、朝早くから開かなくなりました。朝6時から9時までクルー募集の張り紙(2月14日現在は確認していません←2年以上前のことで最近はありません)ありますから、徹夜明けか早起きでパンの大好きな方には、手ごろな職場みたいです。 そうそう、忘れていました、あの老舗、「シャトール(←職業体験を受け入れていた数少ないお店)」わっぱ定食堂前の駐車場を国体道路方向に入ったところにありまして、こちらは朝から暗くなるくらいまでやっています。☚初代の方が辞めた後、名前を引き継ぎしばらく別な方やっていたとのことですが、撤退されました。そのあとにサンドイッチバーが数か月ほど・・・コロナ禍にあって不運なところもありますが、なかなか厳しさを感じるところです。今は洋菓子店が営業中。 ちょっと・・・じゃあないか、個人的にちょっと残念なのが、城南線よりも南側、近くに福岡で相当有名な洋菓子屋さんのあるところから3~4分のところ。地価上昇率だったか名前が出た御所ヶ谷。ここの一角に車だと見過ごしてしまいそうなちいさなお店があります、というよりありました。静かな場所で、見た目も質素、タイミングを逸したところで小さな張り紙を目にしました。あとで知りましたが、ファンがいらっしゃるほどそれなりに有名なところらしいです。何かがおいしいらしいのですが忘れました。まもなく3年が経ちましす(今思うと、結果いいタイミングです、いまは保育園?) さて元に戻って・・どこだっけ?そう、先ほどのコンビニを曲がらずまっすぐ進むと次の交差点角にあるのが「ニュースマイル」。北から行くと目立ちませんが、南(城南線)側から行くと赤い日よけとうすいスカイブルーで縁取り、表も中も綺麗に磨かれた大きなガラスが、かわいらしいお店です。カウンターとテーブルが3つくらい、「たのしい食事」の文字に行ってみたくなるかもしれません。このご時勢か、お弁当の販売をはじめたみたいですーと以前は書いていましたが、昨年からかこちらも内装工事を行い(昨年の)11月から再開。ーで、再開後はテイクアウトのみ、そうお弁当だけです。看板はOH-BENTO ちょっと足を伸ばしすぎたので近くまで戻ります。 うちのお店を出て右、一方通行を逆(北)に行ったところ・・・前に出たパン屋さんの「ブレッド」の向かい側「ライオン食堂」 表に簡単なメニューがあり、周りと店(外側=外観)の雰囲気が良くマッチングしています。いつ頃だったか行列になっているのに少しびっくり。(今も変わらず行列を見ます、長さの割合に待ち時間が長くなるーと張り紙がありました)店舗自体は長くありますが、以前は「カリオン」という店名、もう覚えている人もいないかもしれません。隣のマンション、東側ですがちゃんぽんのお店でそのまま黒田屋ちゃんぽん。地味ですが、ウチの店ができる前からあり、近辺では数少ない変わらない風景の一つです。 先ほどの交差点角(ライオン食堂)の駐車場となりにうどんやさんがありますが、昨年に内外装のリニューアルを行っていてきれいになっています。讃岐うどんらしく、以前は店内で打っていました。 先ほどの「ブレッド」手前を左にかぎ型に進むとあたら新しくパン屋さんが開店、額縁のようなガラス越しに店内が見えてそれなりの賑わいを見せていました。読み方が難しくて店名は不明(調べれば済むことですが) たった2年でザックリですが、この変わりよう、続きが書けそうだったらまたアップデイトします。

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大村線に乗ってみた

諫早駅を出発。乗車率は車内半分くらい (多分)新幹線の工事が進む中、諫早駅を出発、結構いい加速して緩い上り坂を快速らしくスタートダッシュする。 トンネルを越えたところで諫早駅と同様、右手むこうに工事中の新線高架があり、過ぎたところで惰行運転となる。短いジョイント音を軽快に響かせながら、時折挟まる踏み切りの警報音がよいアクセントだ。 15分弱で大村駅。駅から全てが分かるわけではないが、佐世保や長崎より開けた感じで、平地感が街っぽいとも思う。区間快速とは言うものの手前の岩松を通過しただけ、この先、佐世保まで各駅停車となる。 大村出発後は、家々の間を低速で通過、新幹線高架が再び近づいてきて並走、減速して停車すると竹松だ。とりあえず快速区間もIC Cardもここまでらしい。 少し内陸側を走っているようで線路の両側に新しくて綺麗な家が立ち並ぶ。造成地のようにすこし開けたかと思うと右手に新(幹)線車両基地(多分)が工事中、隣の県はもめているとの話だが、これから先いったいどうなる事やら・・・そこを横目に軽い下り坂を利用して加速する。家々の間隔が広がり、田畑が目立ち始めて再び減速し、松原駅に停車、諫早行き列車とi行き違いとなる。 出発後、すぐ海沿いに出た。 入江と岬を交互に通過、凪いだ海沿いは開放的で軽いジョイント音が心地よく、夏場であればそれだけで涼しそうだ。 👈きれいな写真ならインターネットにたくさん載ってます 右にカーブしながら海べりをゆっくり速度を落とし千綿に停車、海岸のすぐそば、小さくポツンと立つ駅舎に「ひなびた感」が板につく。海の向こうに見える西彼杵半島(西海町)に囲まれた静かな大村湾は大きな湖に見えてその向こうに玄海灘あることなど想像できません。海の見える所はたくさんあるが、すぐそば(沿うように)にある駅は意外と珍しく、加えてここのように「絵」になるところとなると案外少ない。JRではないが、かつてキリンレモンのコマーシャルでロケーションとなった島原鉄道の駅、それだってよくも見つけてきた、と関心させられた。 出発後は時折海岸から離れたりするが、また直ぐにくっついてきて"SEA SIDE LINER"のネーミングそのまま。JR九州の「ある列車」じゃなくても景色は堪能、つまみもポテチ程度で十分楽しめる。元々40系のDCが特急扱いって言うのも気に食わないが・・・それならこのエアコン標準装備、高性能ターボディーゼルの66、67型の方が、おススメ!だが、キャビンドアっていうのが引っかかる。 再び街中に入ってきて彼杵駅に着く。竹松もそうだがここにも(嘱託か?)駅員さんがいました。 出発後、トンネルを通過して再び海沿いに。 川棚、次が小串郷、なんか似たような名前が山陰線にもあるが、そっちは川棚温泉と小串、で駅も隣同士で海沿い、やっぱり似ているか・・・。 再びトンネル通過、出たところで左手向こうに3本の針生通信塔が見えてきた、佐世保も遠くない距離だ。 海から離れて家や田畑の間をはしる。トンネルを出て右に国道が見える田園地帯は、障害物もなく鉄道写真を撮るには失敗しないロケーション、まあ「海」を意識しなければーの話ですが・・・。 次の南風崎(難読、東風と同系統の読み)駅を過ぎ、トンネルを出たところにハウステンボス駅、むこうに「らしき」ホテルも見えてハウステンボスはすぐそこ。 (もう2年前のことになります)

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後藤寺線 船尾駅に行ってみた

日田彦山線の後藤寺駅を出発して下り坂をカーブしながら国道をくぐり、両側の視界が開けて、昔は有名なフォトポイントだった中元寺川の鉄橋を渡る。新しき家がチラホラ見える田畑の中を軽いエンジン音を響かせながら、しばし直進。ゆるく上り始めて左にカーブし、山間に入りかけたかなって所で船尾駅に到着。 30年以上前まで石灰石専用列車が行き来した構内の慌しさは、今や草地となった跡地が残るだけ、単線に緩くカーブしたホームが1面……それだとローカル線によくある静かなたたずまいの駅ということだが、向かいと反対側にデカイセメントプラントが聳え立ち、岩石を砕くのか騒々しいうえに、大型車両の出入りも頻繁で、のんびりした感はない。 と、書いたところで新聞の記事が目に止まった。JR九州発表のものだが、輸送密度(1km当たりで一日の乗降者数)は下から5番目、運賃収入にいたっては最下位、10キロ少しの路線で、全線乗っても2~300円、少々人が乗ったからと言って路線全体からみればたかが知れている。となると「え?廃止の危機か?後藤寺線!」なるところだが、調べてみるとちょっと面白い。 田川と飯塚、バス路線に替わってもよさそうにみえる【ふむ、ふむ】。単行(1両)運転であり、他にも似たようなローカル(地方)線が第三セクター(平成筑豊=糸田、伊田、田川線等)や廃線(漆生、下山田、添田線等)になったりしているうえ、この路線の成り立ちが鉱石運搬を発端(現在の貨物輸送はない)としたところを見るに、よくJRが残しているものだと感心する【なるほど、なるほど】。 一方で一時間に1本……というと不便に感じるかもしれないが、運行本数は一日往復25本程度ある。幹線と言える日豊線のとある駅など朝2本、夕方2本、夜2本の計6本(もちろん上下線でである)しか止まらない(特急列車の運行が無い)ことを思うと、結構な大盤振る舞いだ【ふーむ、たしかに!】。朝と夜には時間あたり2本運行、そのためにこんな短い路線にも関わらず離合ができる駅も備えていて、なぜか午前中には快速も運行、早朝から夜間までむらなくあって割合便利なというか、ずいぶん手厚い路線だと思う【言われてみれば、そうかも】。 特急も通らないのに……、見方によっては不思議さのある路線だが、博多への直通列車が無いのは残念だ。「ニーズが無い!乗り継ぎで十分だ」と言ってしまうとここから発展がないが、朝と夜に2本程度なら何とかなるのでは?と思う(根拠は無い)。後藤寺線で使っている「40系DC2両編成で」って言うのが現実的(手っ取り早い)方法だろうか? でも折角だから新型車両の投入を考えてみた、ディーゼルカーではない!電車である【これはまた、大胆な!】、それもバッテリー併用の。筑豊、篠栗線内ではパンタグラフを使用、非電化の後藤寺線内ではバッテリーで走らせる。これなら他の電車との分割併合が可能(と思う)だし、後藤寺線内は10キロちょっと、最高速度だって60キロも出れば十分だ、その程度ならバッテリーだって今の技術ならあっさりクリアしてしまうだろう。オプションで桂川から原田の筑豊線でもと、似たような運用もできそうだし作ってみる価値は十分あるように思う。少なくとも「フリーゲージ」よりは現実的でロウコストだ。できれば小倉工場で自社生産、営業力を強化して海外へ売り込むーと、展開もある。一度検討してみてはいかがだろうか?【←誰が検討するんだ?それ】 ←注1 さて停車時間が長くなりましたが、船尾を出発した列車は、プラントの間を縫ってゆっくり登り、トンネルを抜けて下ったところが筑前庄内駅、以前はこの線区にあって筑豊っぽくない薫りするところだったが、今では他の所と全く変わらなくなってしまった。1キロちょっとで下鴨生、旧漆生線分岐駅からか広い構内が残り、(珍しく)離合ができる駅である。民家だの田畑だののそばをはしり、上三緒を過ぎると家々が目立ち始め、201号線をアンダークロスすると、新飯塚がもうすぐだ。 注1:後日、JR九州に勤める、T君から情報をもらった。「その電車ならもう走っていますよ、デンチャって言うんですけど。残念ながら後藤寺線じゃなくて、筑豊線の折尾と若松の間をバッテリー走っています。もう一年くらいになるんじゃないかなあ?他にも…」なーんだ!もう走っていたのか、ぜんぜんしらんかった。いいアイディアだと思っていたのに…。でもデンチャはかわいいが "TL Twin Power Evolution 1"なんて呼ぶほうがかっこいと思うけどなあ。

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日田彦山線に乗ってみたい

水害であちらこちらの地上設備が痛手をこうむり、未だに開通していない日田彦山線、添田と夜明のあいだ。 この区間をどうするか?を前年度中に結論を出す予定だったのを土壇場で先送りする事になった福岡県。もちろんそれなりに理由があるわけですが、こんな時期だ、知事も相当困ったことだろう。 同じ水害でも山陽線なら話は簡単(のようだが)、でもこっちはそうもいかないようだ。かってに想像するにローカル線で橋が多くて、山沿いを走る上、同線で最も利用者が少ない区間、特急が走っているわけでもなく、かけられる費用を天秤にかけられ、採算を言われるとグウのネもでません。 そんなところにF君がやってきた。まだ若いのだが、僕と違って政治的な事まで食い込んでくるちょっとした博学。最近はめったにやって来ないだけにどんな意見が聞けるのか尋ねてみる。ー日田彦山線の話だけど、君の意見が聞きたいー 「え、電車の話ですか?通な話なんてできませんよ」-いやいや、鉄道かバスかって話ー 「ああ、復旧するのに、バス転換だったか、BRTとかで線路跡を道路にしてバス専用にするとかいう話でしょ?」-まだ決まってはいないみたいだけど。 「でもーあれっていつでしたっけ?水害になったの」-多分2年前くらいの夏だったかと・・・ 「でしょ、JRは鉄道を修復しない(積極的ではない)方向のだから、どれをとっても変わらないし、バス転換って話になるんじゃないんですか?」-まあ、そうだが・・・途中で地上設備を直してくれたら、走らせるってJR九州が提案したみたいだー 「直すのにも、その後のメンテにも相当費用がいくらかかる?って話で、問題が小さければ、もう直してる。だからバスと同じ考え方ですよね?バス会社は道路を直さない」ーまあ、そういうことになるか。 「結局、バスしか選択肢がないんじゃないですか、それって・・・」-いいぞ!そこで提案がある、それも鉄道で。 「はあ?そりゃまた大胆な、でもまた変なこと言い出すんじゃないでしょうね?」-いや、まじめに考えた。軽便はどうだ? 「へ!、ケイベン?」ーそう、JRの簡単なやつ。レール幅が3/4くらいで地上設備も簡単(のはず)半世紀前に無くなったみたいだ。 「-で、それだとどうなるんですか?」-良い食い付きだ!現ルートをそのまま使える。車両も簡略できるし、その分地上部分も(規格が)軽くなってコストも下がる。 「でも規格(線路幅)が違うんですよね?直通運転できないし、車両も現行じゃなくて新設でしょう?小さいと言えども全線現状復帰させる・・・そこをどうするかで議論しているんですよね?メリットがわかりません。」-いいぞ!普通に疑問点だ。まず直通運転の必要性が双方(JR、利用者)に無い(と思う)行っても北は日田、南に田川まで行けば乗り継ぎで十分だ。新型車両っていっても最高速度5-60kh、新幹線のようにスピードを競う必要がない。したがって線路(地上設備)にも負担が少なく維持費が安く済む(はず)。当然ながら計画自体を成り立たたせるには全線復旧になるが・・・。したがって車両に限らず、そのまま使えるモノは無いからすべておニューというところがネックといえばネック、どう? 「でも、バスだと一般道を使うし、BRTでも費用的には安くできるのでは?なぜ鉄道なのかよく分かりません、東峰村がこだわるのは知っていますが、その両側の自治体には駅がある、鉄道じゃなくても・・・ってことになりませんか?」-添田町も日田市も鉄道(駅)はあるからそう言う事になるなあ。実際大分県知事はBRTを支持したみたいだから。 「では、なぜ?」-鉄道が好きなのとあの区間の景色がいい!し、すごいトンネルがある! 「はあ?」-いや、ゴメン、まじめな話、実は自動運転だ。 「へ?」-流行の自動運転だ。車では普及までたくさんの障害があるが、ガイド(レール)に沿って走る理論はもう半世紀くらい経っているはずだし、鉄道はすでに実用化されている、将来的にはこれだ。 まず実験線から始めるが、過疎地であるがゆえに本数も少なく、踏み切り等の交通障害が少ない。一般道路を走る事を思えば、安全性もはるかに高い。車両だって小さく簡素化でき、バッテリーでもかなりの線でいけるだろう、仕組みが簡素化されれば維持費は安く済むはずだ。あとこれが重要だが、こういうシステムは過疎地ほど必要なインフラ整備ともいえ、実験的に進めるのに官民でできると思うのだが、どう?ー 「ふーむ・・・深いですね、言われればそうなりますが、半世紀前のケイベンがトヨタの未来都市のような話に繋がるところがわかりません」-まあ、分からなくとも自動化の将来性は鉄道(軌道)の方が断然早い、と思っているー 「でも、それは自動車やIT系っていう会社の方が、進んでいるように思いますが、鉄道より」-ああ、それは資金力が違い過ぎるのと次世代を狙っているからね、今のままではねえ・・・。リニアを開発するときまでかな?鉄道部門・・・特に東海以外はどうやって利益を確保するかで手一杯だろう。そんな未来の事業展開や利益が薄い事業より駅ビルを建てたいのが希望だろうから。でも、どう?ー 「話は面白そうですが・・・でも、事業自体は地味ですよね」-すまん、考えるとる方向が店同様、古臭くて地味なんだー 「費用は分かりませんが、実現不能ってこともなさそうですね」-いや、可能だ。バスは自由度が高いように思われがちだが、無くなる自由度も高い。BRTにしても(考え方は良い考えだが)将来は自転車道かな?っとも思っているー 「今時って感じはしますが、おもしろそうですね」-楽器と同じく、オールドテクノロジーが好きなもんで。考えといてくれんかなー 「はあ~ぼくが考えるんですか、何で?」-店は、今、内装工事中、それ以外は瞑想にふけっとるー 「知事に提案したらどうですか?」ーしたくとも、知り合いがおらんのだ。それに今は時間が取れんー

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宗谷本線 特急「宗谷」に乗ってみた

旭川駅出発からです。(札幌からの前半はこちら) 超様変りした旭川駅を出発、左にカーブして北に向かいます。旭川四条、新旭川と市内を抜け、その昔に樹木希林さんとのTVCMで有名になった比布(ピップ)駅を通過。そこらへんから緩い上りとなり、蘭留(ランル)を過ぎた辺りから左右にカーブが続き、キツイ上り勾配に。特急とは思えないくらいの速度に落ちて、それが戻りかけたかなーと思ったところが峠の頂上、塩狩峠です。そこから下り坂とともに快調に飛ばして次の停車駅、和寒(ワッサム)に到着。 線路状況に恵まれてスピードアップ、合間に放牧された牛が見え、「らしさ」を撮りたいところですが、時折出てくる防雪林に阻まれてうまくいきません。すこし開けてきて剣淵(ケンブチ)まで来るとあんまり「らしくない」水田より「らしい」農場が増え始めます。   町のちょっと外れたところにトヨタのテストコースがある士別(シベツ)に到着。ここで上り宗谷とすれ違い。 士別を出発、北に向かって快調走行、家並みが見えはじめて、到着する手前くらいから旧深名線らしき砂利道が近寄ってきて、名寄(ナヨロ)駅に到着。宗谷線、先程の旧深名線や旧名寄線の乗り換えや乗り継ぎ駅であったため、レール撤去後も広大なヤード跡が残り、国鉄時代には大きな鉄道拠点であった事が伺えます。ただこの跡地も有効活用は未定(と思う)、札幌近郊とは違いその使い道を考えるとかなり厳しい…。(採算性と初期投資を言わなければアイディアが無いわけではありませんが、それはまた別の機会でも・・・) 珍しく2分停車なのでホームに降りて販売機でコーヒーを買ってきました。それしか無いのもさびしい話ですが、せめて車内販売程度でもあるとーとも思いますが、この路線には設定がありません。 そこで- 立食タイプのビュッフェ付きの車両を連結してみる。車両の2分の1から3分の2程度のスペースに設置し(国鉄時代に「サハシ〇〇」言うタイプの車両がありました)、窓配置は景色が望めるパノラマウィンドにする。北海道産のもの(カフェオレやミルクセーキ、クッキーやチーズケーキなど)を使った商品とか、チーズをつまみにビールかワインっていうセット物や軽食などのメニューを。夏はソフトクリーム、冬はポタージュスープなどと期間限定商品もあると楽しみも増えそうです。あと車内限定販売品が買えるっていうのがちょっとした希望なので、できればよろしくお願いします。 なんて妄想を膨らませていたところで、小さな町並みが現れて美深(ビフカ)駅に到着、特急停車駅には…ふーむ、とても見えない(そんなこと言ってたらほんんど停車できないだろうーとの声も聞こえそうですが)。ここからは、かつては赤字路線の代名詞と言われた旧美幸線が出ていました。 札幌から約3時間、時間なりかそれ以上か音威子府(オトイネップ)駅に到着。それまでは民家がポツポツ見える程度でしたが、久しぶりに集落に出たって感じです。とは言っても規模は「村」。でも侮ってはいけません、かつて天北線(浜頓別方面)との分岐駅であり、宗谷線中間地点で鉄道設備としては拠点の一つでした。3つのホームを持ち、宗谷、天北両線への急行や普通列車の停車および待ち合わせのため、意外とディーゼルカーが停車、小さいながら貨物ヤードにはSLの引く貨物列車が待機し、ターンテーブルのある少し煙った小さな機関庫wはじめ、給水、給炭設備、職員の詰め所があって、ジオラマにすると大きからず小さからずの程良い駅!その雰囲気が味わえなくなったのはとても惜しいなあ!と、今でも思っています。当時は、立食いそばの店がホームにあって(あったと記憶)、その美味さが忘れられれず、あるかどうかホームにちょい降りして見てみましたが、一日10本程度の発着しかないのにある訳がない!移動したのか?それとも駅舎にもあるか?それとも…、今後の課題です。 音威子府を出発すると旧天北線と別れるように左に大きくカーブし天塩川とベッタリとランデブー、「北海道ぽく」はありませんが、対岸の山手からの鉄道写真の撮影はお勧めの一枚です。川から別れて、10分程度でパステルカラーの小綺麗な家が周りに見える天塩中川駅に停車。乗降客はありまんが、散歩?の小学生の見送りがありました。 集落はおろか駅名もわからない片側ホームの駅を通過、それまで抜ける青空だったのに。問寒別(そのままトイカンベツ)駅あたりから曇ってきました。天塩川沿いの護岸が工事のため徐行運転。 名寄からの地上設備(線路)のダウングレードと春先のダイヤ改正によるスピード制限がかかり、宗谷(261系)的には全く面白くないスピードで北に向かっています。ま、いわゆるダラダラみたいな状態ですが、これはこれで景色と時間を楽しむには十分で、これだとやっぱりビュッフェがほしいなあ! 大昔、軽便があった幌延(ホロノベ)駅に到着、駅員さんの姿がみえました。駅の端に少なからずコンテナが見えたので貨物取り扱いがあるみたいです。 次の豊富(トヨトミ)で内陸部から日本海(側)に出て来ました、といっても海が見えるわけではありません。相変わらず曇り空、晴れてくれないかなあって祈る気持ちです。 兜沼を過ぎる辺りから一般にイメージするところの風景になります、サロベツ原野です。ただ、列車だと熊笹の生い茂った台地?や草原みたいなところを走っていて、ボヤっと眺めただけだと山ん中との違いがわかりません。ところどころ開けた所に出る(から見える)と牧草地が広がり、ポツンぽつんと家が点在しそうなのが、そうかなあって思わなくもない光景です。お、抜海(バッカイ)駅を通過しました。   熊笹の生い茂る台地(原野)を上ること5分程度、熊笹の原野から急に視界が大きく開けて、唯一の海の見える最高のロケーション!天気に恵まれると海の向こうに利尻島が浮かびますが、今日もあいにく天候、残念ですが、またもや利尻富士は空振りです。 下り始めてまもなくすると家々が見え、ゆったりとした速度で南稚内駅に滑り込み乗務員はここで交代。出発後まもなく右手に港が見え、減速していくと終点の稚内駅到着です。 さて、帰りは「サロベツ」かそれともバスで行くか・・・

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函館本線 特急「宗谷」に乗ってみた 

「スーパー宗谷」で無いのは残念ですが、それでも乗ってみました「特急 宗谷」 早起きのつもりが、リミット近くまで寝てしまい、朝食もそこそこにして、足早に札幌駅に向かいます。改札をぬけてエスカレーターでホームに上がると乗客がもう乗り込んだあと。とりあえず先頭の写真だけ撮って自分も乗車しました。 7時30分出発、3~1号車の指定席は半分程度の埋まり具合で、4号車の自由席は満席状態です。 しばらくしてJRの車両基地と工場のある苗穂(ナエボ)そして白石駅を通過、平和駅のとなりにある広大な貨物ターミナルを過ぎる頃からさらに加速していくのですが、このエンジンの回転音がなんとも心地よい。 岩見沢駅着、時間帯からか自由席のお客さんが大勢下車。向かい側ホームには滝川行き普通列車が待機中ですが、乗り替えのお客さんは少ないようで大半はここで下車したようだ。 10分ほどで美唄駅着、あれ?景色がぜんぜん違う!(ずっーと)前は、ホーム東側に貨物ヤード跡地が残り、駅正面から反対側に続く長ーい跨線橋(後日調べてみたところだと、砂川だったかもしれません)があったはずですが、その跡形がまるっきりない。いつの間にか再開発されて道路や駐車場、店が出来て札幌近郊の新駅みたいです。 車窓に目をやるとポツポツ、きらら397(「ななつぼし」かも?)の水田が目立ち始めました。 次の停車は砂川駅、同じく10分程度で到着。ここにも貨物ヤード跡があってパッと見にはわかりませんが、空き地が目立ちこっちはまだ未開発のよう(と思う)。 その昔、ここから10キロ程度の函館(支)線が上砂川までありました。でも当時そのホームがわからなくて、めんどくさくなって線路沿いに終点まで歩いたこと(アホなことやっていましたね)があります。帰りは上砂川からディーゼルカーに乗って戻ったのですが、その到着ホームが本線ホームから貨物ヤードを跨いだ反対側にあることが判明、(貨車があいだにあって)わかんなかったのにガッカリした事がありました。 ところでなぜそんなところまでわざわざ歩いて何しに行ったか?そこに三井砂川抗がありましてそれを見に行ってました。当時はちょっとした炭鉱(鉱山)オタクだったので…。 岩見沢以降、短い間隔で停車していますが、次は滝川駅。函館と根室の本線同士分岐点なので鉄道設備の重要拠点の一つでした。現在は釧路、帯広方面へは石勝線に移り、施設自体の効率化もあって、いくつかの電留線とディーゼルカー車庫、付帯設備が残るだけです。 その昔(平成の初め頃)、「見られなくなる!」との思いで立坑(正確には斜坑です、福岡にも跡があります)滑車を見に、隣街の赤平に行った事がありました。ここは住友炭鉱だったと思いますが、クルクルと滑車が回るのを飽きもせず、ずっと見ていました(ここまでくると、我ながらちょっと変態的って思わなくもありません…) 余談ですが、北海道の炭鉱と言うと有名なのは「夕張」です。でも地図を見るとわかりますが、先ほどから出ている一帯の名前は、桂沢湖という湖を中心にすると「夕張」の反対側に位置していて、一つの山塊をいろいろなところから採掘しているのがわかります。と、いうのを今回の事で地図を眺めているうちに知りました。 (知る人ぞ知る)妹背牛を通過して深川到着、後方に分かれるように出ているのが留萌線。留萌から南に海岸に沿って増毛(映画撮影のによく出てきましたが)までの路線がちょっと前に廃線となりました。周辺の景色に「ゆめぴりか(かも?)」の水田が目立ちます。快調に駆け抜け、長いトンネルを2つほど抜けると上川地方の中心地、旭川です。 いやー!しばらく来ていないとは言うものの、旭川駅のあまりの変わりようにびっくり!札幌駅と同じく高架駅!地上駅の時には富良野線ホームなんか、だだっ広いヤードの中に離れ小島のごとくあったのに…そんな面影はもうどこにもありません。 周りの道路が整備され、綺麗なマンションとショッピングモールが出来始めており、駅の周りだけ異空間!です。 ところでこの駅ですが、建て方が従来と違うらしく(天井を支える柱の構造?がなんとなく違うような…)、そのために駅表示板が他の駅と同じようには着かないらしい(と、近くの営業マンたちが話していた、ふーむ確かにそう言われるとそんな気もする。もし、行かれる方がありましたら見てみるとわかるかもしれません)乗務員が交代して2分停車後。出発、いよいよ稚内へ!です。 と、前半はここで終了です。続きは旭川出発から。

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石北本線 旭川から乗ってみた④

本来は引退前の183系「鉄仮面」に乗る予定にしていたのだが、調子にのって宗谷線に続きバスまで乗っていたらタイミングを誤り、「鉄仮面」は退役、気を取直しての道東訪問となりました。 ーで今回は、旭川から。道央最大の街で道北、道東への中継地であり、それなりに大きな駅です。南に行くと有名な美瑛があり、その先、富良野を経由して帯広方面へも行けます。その旭川駅、以前はよくある(地味な)二階建て建屋。地下だったか?小さなお店や食堂などがあり、その閉ざされた空間の中に小さな昭和が残っていました。通路を明るくそのまま(デザインを変えず)で綺麗(丁寧に補修)にしていけばそれはそれで味わい深いものになったろうに・・・と思わなくもありません。かつての建屋、待合室から改札越しにホームが2本(と記憶)合理化で撤去されたレール跡が残ったひろーいヤードの名残で、離れ小島の如く向こう側に富良野線のホームがありました。駅構内がそのままあった頃ー70年代には、稚内や北見、網走へ向かうのに、ここからの夜行列車を乗り換えたこともあって個人的に重宝した駅の一つでした。 改築前は道央最大の街ーとは違ったローカルさが点在していましたが、宗谷に乗った前回で触れたとおり、今では不要のヤード跡を取っ払い、更に高架となって使用するホームのみ、近代的な建物となって、駅の周りとともにコンパクトにリストラクチャリングされています。近辺だと吉塚駅みたいですが、賑わい自体は吉塚駅の圧勝。 改札を通って階段(エスカレータ)を上がり、中二階へ。ガラス越しに駅前からの街並みが見渡せる洒落た作りで小さくてもカフェの一つがあっても良さそうだが、博多駅のように「駅弁でも買ってから・・・」とーいうかコンビニもないほどシンプル。(まあ殺風景とも言いますが・・・)ホームに上がるエスカレータなども、まだ新しいこともあるが、「あのアカ抜けない雰囲気はどこに行った?」と戸惑ってしまうくらいの様変わりです。ホーム上もそばどころか売店もなくさっぱりしたもの。まあ屋根があるとはいえ、吹きっさらしのホームの上、真冬の時期にだれがそばを食べるんだ?一時間に何本の列車が出入りする?を見るに、立ち食いそばやの必要性は見つかりません。隣のショッピングモールで、十分すぎる時間が過ごせそうですが、もし作るならバスターミナルも駅の中に入れて、レトロな造りのモールを復活させて対抗してみては?と思わなくもないところです。。 旭山動物園行きのバスが入って来たところを見計らってホームに上がると、キハ40がもう入線していました。 腰を下ろして10分くらいで出発した。10人程度が乗り込んだディーゼルカー、左側の街並みが遠くまで見えて規模の大きさがうかがえます。新旭川駅辺りから地上に降り始め、宗谷線と別れて南永山、東旭川と停車。ここで上り特急オホーツクと離合。次の桜丘まで来るとめっきり家々が少なくなってきた。 出発後、直線が続き、周りの「らしき」風景に短い間隔のジョイント音が軽やかに響き、徐々に減速して当麻に到着。 遠くに低い山々を見ながら、少し上りとなったか、エンジン音が重くなってきた。 小高い丘のような山々が寄ってきて愛別に到着。 出発してから大きめの鉄橋手前で汽笛がなり、石狩川を渡って蛇行(惰性)運転となり、中愛別に到着しましたが、周りには何も無い。次、安足間!駅・・・なんて読むんだ?あんたろま、えー!読めないや。 沿線で「ネタらしき」ものはないか?と眺めつつ1時間ちょっとで上川に到着し、次の列車を待つことになる。 大抵は(観光)バスで行く所の層雲峡、その入口というべき駅なのでバスの発着があり、駅員さんも在中、清掃も行き届いていた。 特急も止まりますが、普通列車が2本だったか3本だったか・・・上川地方の東端、ここから先は行く手をさえぎるように大雪山系の山々立ちはだかり、生活圏が違うためか遠軽、北見方面にはほとんど列車がありません。 少ない・・・ その数少ないディーゼルカーがやってきた、乗り継ぐ列車は3両編成。定員からだと3両は要らないはずだが、冬季の勾配区間をシングルエンジンのキハ40系ではちょっと不安なんだろう、と推察しながら乗り込み、上り特急と入れ違いで上川駅を出発した。まもなくエンジン音が重くなり、スタート時と速度もあまり変わらず、併走する国道の走る車が、時折かわして行く。右手に高速道路が見えてきたが、たしかここらに天幕っていう駅があったはず・・・左右をきょろきょろするがよく分からない、どうも無くなっているみたいだ。液体クラッチが何度か切り替わり、キツイ勾配を川に沿って山あいを上っていく。蛇行(惰性)運転になり、「やっと」という感じで中越駅に停車した。この先にも上越駅があるのだが、いずれも信号所扱いでもう駅ではない。過疎化の進行か、駅としての存在感も薄れ合理化されてしまったようだが、まあ・・・とにかく周りには何も無い。ここに住むとなるとーどうする?CDを飽きるまでほど堪能できそうだし、毎晩音楽を聴いてみるか?それともボトルシップ製作か・・・?(除雪と薪割りになるかも)・・・地道な趣味を持って篭れば一冬を越せそうだ。 後で知った事だが、上川出発して次の駅白滝まで路線上では約50kmの間駅が無いことになっているのには、びっくり!こんなになっているとは全く知らなかった。 さて中越出発後は国道とも離れ、山あいの谷間を縫い、更に急勾配が続き、エンジン音も更に重くなり、走っても追いつけそうなくらいの速度に落ちてきた。国道や高速道路がくっついたり離れたり・・・狭まっていく山あいに原生林の風景はかわらない。エンジンのうなり音も重く、あえぐように防雪トンネルの入ったところで上越に停車した。出発後、すぐにトンネルに入ったが、上越駅が峠の頂上だったみたいで、一転蛇行運転となり、さっきまでの喘ぎが嘘のように軽やかにかけ下っていく。奥白滝信号所を通過、右手だった国道が今度は左側に。 ちっちゃな集落見えてきた上白滝のはずだが、加速して通過、次の白滝停車し、数人の乗客が降りて一人っきりとなる。緩い下り坂が続いているのか快調に走って行く。下白滝に停車すると久々に上り列車と離合した。峠を越える数少ない列車の一つ、旭川行きの特別快速だ。 出発後も変わらず、低い山々に挟まれて今度は湧別川と併走。丸瀬布に停車、駅舎の反対側に木材の積み出すヤードがあって木材が山積みになっていた記憶がよみがえってきた、何十年も前の話です、もちろんいまは跡形もありませんが・・・。出発後、直線が続いたかと思うと川にそうように右に左にソーイング。これまたちっちゃな瀬戸瀬に停車すると次はスイッチバックの駅、遠軽です。

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石北本線 遠軽から乗ってみた④

上川を出てから次の大きな街と言うとここ遠軽ですーと、いっても町ですが・・・。(前半でもスイッチバックと書いた)遠軽駅は、そのまま真っ直ぐ進むと湧別から海沿いを北上、紋別経由で名寄へ向かう旧名寄線や旧渚滑線へ始発駅として、また先ほどの湧別からオホーツク海沿岸を南に向かい、サロマ湖沿いに常呂を経由して網走に向かう旧湧網線が走っていて、町の規模より鉄道拠点としての規模(重要度)が大きかった町です。旭川や北見方面からは特急や急行列車が早朝から深夜に到着、乗務員も交代、また貨物列車もそれぞれへ方向転換するため機関車の付け替えの業務、客貨の中規模ヤードや大型の扇型車庫を備えた機関区があり、何かとせわしなく活気の感じられる駅でした。すっかり変わってしまいましたが、今もその名残であるターンテーブルが駅舎の向こう側に「夢の跡」として残っています。 (早朝や夜の)暗い時間帯によく利用していたため、はっきりと覚えていませんが、駅が少しだけ高い位置にあり、町が見渡せるようになっていて、今では石垣になっている駅正面が当時はたしか階段になっていたはず・・・。札幌からの夜行急行をここで降り、旧名寄線の始発(早朝の4時頃)に乗り換えたり、先ほどの駅前の階段を降りて右手にすぐ入ったところに銭湯があり、お湯に浸かってから札幌行夜行列車に乗ったなあ・・・っていう何かと思い出深い駅です。駅舎自体は小さくて、ちょっと前まで建物の端にうどん店がありましたが、今はやっていません。上屋だけが残り、音威子府の蕎麦屋さんと同じです。 車かバイクを運転し(網走から北に行き、遠軽の東側にある)湧別、紋別、浜頓別方面に宗谷岬を経て稚内までいくと200か300kmだったか?・・・あり、オホーツク沿岸のドライブが心行くまで味わえます、まあ運転するのが苦痛にならない人向きですが・・・。今なら自動運転の車があったりして、それなりに「くつろげる」かもしれませんが、沢山の休憩と大自然と食事、時間の消費を思いっきり、優先するほうがより楽しむことができます。 【ちょっとだけ違う気がする】 さあ、途中下車から再び乗り込んだディーゼルカーさっきと同じです。到着とは反対方向に右手に来たレールを見ながら出発、家々が密集!という事も無く、町というくらいなので5分も走ると家も途切れがち•••、畑が目立ち始めたところで安国です。 安国はかつて木材貨物の扱いがあり、両側ホームでしたが、いつからか島式に。シンプルで小さなホーム、メルヘンチックな生野を過ぎ、ゆるい勾配が生田原にかけて続きます。 生田原は常紋峠を越えるための東の入口、国鉄時代にはここから貨物列車に補機が付いていたため、駅舎反対側のホーム向こうに三線程度の空き地があり、そこが待機設備の名残、すでに40年程度が経過していて、自然と化し当然の如く面影は全くありません。 生田原駅出発直後からエンジン音が重く、速度も上がりません。左右に小さくカーブしながら液体クラッチもロウのまま、ゆっくりと上って行きます。原生林が両側からどん、でもどん近づいてきて、もうそろそろか?と思うのですが、なかなか汽笛が鳴りません。ますます速度が落ちてきて、昔もこんなに遅かったかなあ?まさか止まるんじゃないか?と思うようなスピードになったところで汽笛が鳴り、「こんなに(距離が)あったかなあ?」と思いつつ有名な曰く付きのトンネルに進入。 少しスピードが戻ってトンネルを出たところに防雪トンネルが見え、右前と左後に退避線跡が残り、その信号機のバッテンが痛々しく見えたところが常紋信号所跡。廃止前も信号所でしたが、以前は臨時乗降場としても使われていたところです。今風でいうところの「撮り鉄」に興じた頃にはここで降りたり乗ったりした事がよくありました。ホームが無いので手すりを持って乗り込む感じです。 信号所跡からは下り坂ですが、大雪峠とは違い、短い直線に左へ、右へのカーブの連続、下っているからと言ってスピードが上がることはありません。生田原側とは違い、どちらか片側が開けていて、左右に見える小高い丘からの上り列車を撮る、有名なフォトエリアでした。進入信号の黄色が見えて減速し、金華信号所に停車です。 常紋峠の東側の入口が生田原ですが、西側はこの金華か次の留辺蘂。ジオラマを作って遊ぶ楽しさいうとどっちも捨て難いのですが、特急や急行が停車し待避線など、駅と町の規模では留辺蘂です。ですが、急勾配のはじまりで、乗務員詰所があり、アッシュピットや給水設備、補助機関車用待機線に峠越え待ちに9600型が煙をくゆらせていた思い出から、存在感があったところからこっち押しです。冬の常紋越えの写真を撮りに雪の中、フォトポイントにラッセルしながら向かう折にお世話になったのが、この駅だったので余計に思い入れが深い!っていうのもあります。信号所で残っているけど、駅含めて残念だなぁ・・・と感傷に浸りました。 冬場の話ですが、今のようにヒートテックやダウンジャケットの言葉さえ無い頃で、大きいジャンパーの下にはセーターと下着をダブルで、ズボンの下にジャージを履いて更に雨合羽の下側を使って準備する。長靴にスキー用靴下、毛糸の手袋のいでたちは、思い出しても笑いを通り越し、もう罰ゲームの域かも。「シマムラ」や「ユニクロ」が無い時代です、格好なんて言ってると凍死しかねない、それでも寒さを凌げている訳ではなく、それしかないのを若さでクリアしていたっていうところでした。 まあイメージ的には唐津線の多久と厳木の間がこんな感じです、でも気候と距離的規模は全然違いますが・・・。 特急と交換後、景色の変わった直線を軽快に走っていく。昔のかおりがかろうじて残る留辺蘂でまたも上り普通列車交換となり、お客さんの乗り降りが終わると同じように出発した。 留辺蘂を出るとビート畑の中を北見に向かって快調飛ばしていく。相の内、東相の内、西北見と停車し、その先のトンネルで地下に潜って出て来たところで北見に到着。長時間停車なので、外に出てみた。当時、お土産を買ったデパートが賑わいを失いながらもまだ存在し、ホットする、地下も通路をふくめ昔のまま。北見はハッカが有名らしくハッカ〇〇を買おうとしたら、そこのおじさんに「今はハッカなんか作ってないよ」と知らなくていい現実知りガッカリ•••したのを思い出しました。 秋になるとたまねぎの香り満載の風が吹く(と言われていましたが)北見を出て高架道が柏陽の先まで続く。柏陽は近くに創立から100年近くの由緒ある高校があります。いとし野の駅では列車がホームに停車しているにもかかわらず、暗黙了解か運転手さんも全員が乗り込むのを待って出発、ダッシュして乗り込む生徒なんていません。 端野に到着して周りを見渡して はて、こんなだったかな?って と考えてしまった。 出発後に大きくカーブし道路と離れてくると少し思い出しました。大昔のことの上、周りが綺麗になっているために全く理解出来ていなかったのと緋牛内と勘違いしていたためです。見通しの良いカーブをいくつか過ぎて今度はほんとに緋牛内。 駅の前後は開けていて天候に恵まれるなら便利な近くで、様になる「絵」が撮れていた。もう少し根性出すならトンネル先の美幌から来る上りを吹雪まじりで撮るとカッコいい「絵」になります。とは言うものの、吹雪の中なんて今ではとても考えられません。うぉーさむい!! ーで、美幌。日本てんさいとうの工場がすぐそばにあり、シンボルみたいですぐに思い出しました。木材の積み出しもあり、広めヤード、旧相生線があったので三線のホームもある、冬場の夜行急行「大雪」が入線し、客車の合間に蒸気暖房の湯気が映えるホームの夜景が、一段といい雰囲気だったんだよなぁ・・・。 美幌を出てすこしのところに短めで絵になる鉄橋ある。それを正面から見れる家があり、当時そこの家人にお願いして写真を撮らせてもらえないか?と頼みにいったところ、すでに他の人がお願いしたらしく、「勘弁してほしい」とやんわり断られました。やっぱりあつかましいお願いだったなあ、と思うのと同じことを考える人がいるものだ、とちょっと驚いたことも思いだしました。にしめまんべつ、見渡すとー何も無い。千と千尋の神隠しを地で行くところだ。ここからだと歩いてもそれほど遠くないところに女満別空港がある。先から線路そばの林を伐採しているので林の厚みが減り木々の間から畑と家が見える。原野の中を突っ走っている訳じゃないのを今頃になって知った。めまんべつからは網走湖が見えて、国道沿いを軽やかに走りまもなく終着駅に到着だ。 特急だと半分以下の時間で付きますが、それでも中身は充実していたのでそれなりに満足・・・って話をしたら「単に時間を浪費しただけですよね?」って言われちゃいました。

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大変なシーズンでしたが、地元は今年もセールが盛り上がる。

毎年この時期になるとやってくるMさん、今年はいろんなことがありましたが、ぼくのリクエストに答えてくれて懲りずに来てくれました。 前にも書きましたが、彼は熱烈なカープファン、早速だが今年の展望をきいてみた。 どう、今年は?と日本シリーズの話を振ると彼は軽快に解説をしてくれた。 「今年は4勝1敗かな?プラスマイナスで1敗、ホークスの勝ちです、はじめは2敗するかも・・・と思っていましたが、もししても1敗ですね」-へえー確信してるねー 「1戦目の菅野で負けちゃいましたからねえ・・・あとは多分明日投げるサンチェスが頼り、でもこのままズルズルのような気がするんだなあ」ーそりゃまた、どうして?ー 「打てないんですよ・・・元々坂本、丸、岡本(中軸)がシーズン中3割弱、シリーズで突然化けるなんてありえません。本来は、代打要員の亀井や中島がスターティングっていうのも気にいらない」ーなんで?ー 「巨人の事は詳しくありませんが、先程の中軸3人をシーズン中の数字で見ると5戦目までやってHR一つ、1試合あたりでヒット一本程度でしょ。2戦やってその平均に行ってない、もし打てるなら和田が投げる時でしょう、他にもベテラン2人も旬は過ぎています。それだと内川は4番ですよ。あと「勝つ」なら打撃戦にならない事が前提ですね」ーんじゃ、福岡で終わりってこと?ー 「大半の予想は、ホークスが2、3敗するみたいに出てますが、4タテって思っている人が多いんじゃないですか、言わないだけだと思いますけどねえ」ー隠れトランプかね?ー 「まあ、そうです。残りで柳田とデスパイネのバックスクリーンへのHR、周東の本塁クロスプレイかなあ、あと4タテでなければ千賀が投げて二桁奪三振完封」ー甲斐キャノンは?ホークスファンだと「熱男!」個人的には中村だなー 「もう優勝したみたいですね、中村ですか?シブいですねえ、彼って勝負分けますもんねー。甲斐キャノンかあ、カープコテンパンだったもんなあ〜、でも残念ですが、巨人戦では見れません、走れないし、走らない」 と言って帰宅されました、 がキンロー感謝の日のことで、後日改めて電話してみたら ー予想通りだったねー 「あんまり嬉しくないなあ、選手だけでなく戦術もよくわからんかったし」 ー全く勝てんやろうか?ー 「例年とは違いますが、投げる方でいうとあまり変わらないかな?って思っています。でも打つ方が比較にならないですね」 ーそんなに違うかね?ー 「周東でしょ、栗原は予想外でしたが、中村、グラシアル、柳田のクリーンナップ、あの松田が8番、上林、今宮はいないし、内川なんてどーしてんですか?シリーズ男ですよ、それもこのシリーズ前に退団、もうおかしくないですか?」 ーそうだね、カープの時とおんなじやねー 「柳田なんて見ました?4戦目の第1打席。内角のフォークですよ、狙って打てます?おかしいでしょ・・・」と話が止まらない、「2年前のカープ戦でもそうですが、彼は絶対打つんですよ、それもHR、これは決定的な差だと思っています、打率だけではありません」 ーそんなにすごい?ー 「片膝ついて打てます?」 ーそうだね、ありえない。その差かな?ー 「もう一つ、見えないところですが、監督の戦略が(4タテなので)出来過ぎなほど、予定通りです」 ーというと、どんなところが?ー 「例えば4戦目、先発和田ですが、完投はありません。したがって継投、5回までで3点なら彼はOK(勝ちに行く)です。でも球が高いため2回で代えました、このために第2先発を(そうなってもよいように)用意、5回までならいつでも投げられるように(松本=彼は知らないそうです)準備させておいたからだろうと思われます。それ以後、各回毎に(勝ちパターンだから、カヤマ、高橋、岩嵜)投手を決めていて、モイネロ、森の勝ちパターンを組み立てています。逆転されても平気ですね、6戦目は千賀、そこまでなら勝てます、5戦で決めるつもりだったんだろうと思いますが」 ー巨人の方は?ー 「よくわかりません、あれだけ打てないとですね・・・でも投手起用では小さくとも?はありました。でも結果3戦目を除けば、5点が分かれ目、ホークスの防御率からすると厳しいところですが、不可能でもありませんから、やっぱり打線ですね」 ーそう、やっぱり厳しいかー というわけですが、もし勝てるとしたら?って聞いたら、後日連絡が来た、 やりたくはありませんがーと前置きして「 今回の流れでジャイアンツが優勝するとすれば、1戦目の先発は戸郷です」 ーへ!菅野は?ー 「2戦目です、その代わりその2戦目は絶対勝つ事が条件です。3戦目が今村。和田が投げた4戦目でサンチェス。問題は5戦目(はあ〜コマが足らないと、ため息つきながら)畠・・ないなあ、メルセデス、6戦目にもう一回戸郷、最終戦で菅野。戸郷は1勝1敗、菅野は2勝、サンチェスかメルセデスで1勝って計算です」ーそれでいけるの?ー 「中継ぎで田口、大竹、ビエイラ、抑えはデルロサでフル回転、取られても1点までで、やっぱり綱渡り。でもこれを軸に可能性はあります。あと打線、クリーンナップを除くと「よく優勝したな」って思うくらい名前と顔が一致しませんね、中島や亀井出さなかったら草野球になりかねません」 ー結局?ー 「初めから最高性能を発揮しないと勝てませんね、でも安定して成績を残している若手がいません。つまり、コマが無いんですよ、だから計算出来ない」 ーふえ・・・来年もよろしくね- 「ドームでのカープとのオープン戦でも」 と、今年も楽しく話されました。 ほんとは一ヶ月前にアップの予定でしたが・・・・

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5月2日 こんなの考えました②

毎日欠かさない、あの話題ですが、今朝も子供たちのストレスがちょっとした話題になっていた。大濠公園は天神みたいだし、公園に行けば、居づらい雰囲気があるようなことが新聞に載っていた。ちょっと辛い話、そこでー 1、福岡市の動物園と植物園を開園する。少なくとも小学生低学年とその前までの年代の遊ぶ場所はできる。 2、公園とは違い、柵で囲まれているため人数をコントロールでき、過密になる危険性も近接も少ない。 3、午前と午後に分けるれば、3時間程度の滞在時間で(1グループあたりに半径2メートルとして敷地面積から割り出せば数字が出るはず)ある程度のグループを吸収できるはず。 4、昼くらいに駐車場あたりで市内でテイクアウトをやっているお店のお弁当販売と場内整理に若干名のアルバイト人員の募集をする。 二週間でも相当効果はある、と思うのですが、どうでしょう? その考えでいくとー 香椎花園もいけそうだ。でも一番安全で間違いないのは、やっぱり学校かあ・・・

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車に乗らない人が増えているとは聞きます・・・が。

天神からだと行く時のを含めて歩く事が多いのだが、時折乗る事がある。店に戻るのに乗る事にしたのだが、「お!」と思うところがあって、途中の信号待ちの間に前方の席に移動。 途中からちょっと楽しくなり、もう少し乗っていこ、と「けご町」で降りず、しばらく堪能した。 ---と西鉄バスの運転手さんのことを書こうかと思っていたところ、またまた遭遇する事になった。博多駅に行く快速、しばらくすると「お!」久しぶりだ。もちろん同じ人ではないが、またまた楽しくなる。なかなか遭遇することがないので、もう少し乗っておきたいところだが、終点の博多駅でちょっと残念、「運転手さん、上手だね」っていうと顔の前で手を横に振る、でもニコニコ笑って楽しそうでした。

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