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地元は優勝セール中

毎年この時期になるとやってくるMさん、今年はちょっと早いのですが、また来てくれました。 彼は熱烈なカープファン、2年前にはCSに敗れて怒り狂っていた彼である。「今年は残念だったねえ・・・」と話をふって着火してしてみたが、意外にもさっぱりした答えが返ってきてこっちの方が予想外、まあ拍子抜けしてしまった。 話が日本シリーズに移ると、いつものように元気なり、解説がはじまりちょっと安心した。 「(ホークスの)4連勝で制覇、とは言いませんが、負けても2敗、勝負は見えていました」ーほう、それは? 「1戦目ホークス先発は千賀、エースです。一方ジャイアンツは山口、今年は15勝して防御率も悪くありませんが、まだエースではありません、エースはなんと言っても菅野。その菅野が4戦目というのは(故障とはいえ)ローテを考えるまでもなく短期では考えられません。その上先発要員も安定性がなく駒が足らない、ホークスも先発の東浜を筆頭に武田、中田がいない(活躍していない)のは痛い所ですが、ジャイアンツはそれ以上です。おまけにサファテの穴を森が埋めて、比較的安定したリリーフ陣に比べ、先発が転ぶと打撃戦に持ち込まないと引っ張れないリリーフ陣では原監督も頭が痛い、せめて田口が・・・」ーへえー投げる方はダメ?・・・ 「まあ、投げ合えば、昨年くらい投げて菅野と今年何とかがんばった山口で2勝、7戦まで持ち堪えてギリギリ4勝ですからピッチャーだけに頼るのはとてもできません」-ならば、打つ方か? 「あーまだこっちの方が期待できますーできました(過去形だ)。(本塁打を)40本打った坂本、岡本も丸も30本くらい打って公式戦では数字を残しています。なのに残念ながらこのシリーズでは全くダメで、しかも勢いのつく勝ち越しや突き放しの場面では全く打っていません。主軸を担う連中ですから、そこでは少しくらい打たないと・・・(5番以降が期待できないのと)チームの士気があがりません。デスパイネ、松田、柳田もそんなに打っていませんが、そういうところでは必ず(一度は)打っています。特に柳田は存在が大きく(特に打撃戦になると)結果に大きく影響します。亀井が打ちましたが、それだけでは・・・ねえ」ーそうなのか・・・ 「後半になって調子のあがった千賀や高橋を攻略するのは、無理かなって思っていました。」ー圧勝って感じなの? 「いや、結果的にはそうなっていますが、乱打戦になった試合がないので、満遍なく点を取ったホークスが勝った感じです。あと工藤監督の戦略がよくできていたような気がします。原さんもリリーフなんか考えていますが、工藤さんの方が誤差が小さい・・・なかったんじゃあないんですかねえ」ーCSからの連勝で? 「連勝で来ると普通、勢いって思いますけど、試合運びー選手起用はノリだけでは上手くいきませんから。負けなかったのはおまけです」-へーそうなんだ。やっぱ、詳しいね!(ざっくりでこうです) 「でも、今月はやっぱりラグビーかなあ?」-うーん。多分。 「セールしてるんですよね?行ってこようかな?」-何か。買うものあるの? 「いやー雰囲気を味わいに」あ、そう。じゃあ楽しんでおいで、また来年。

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定食屋さん 6・1

電車ばっかり乗って遊んでいたら、ちょっと叱られてしまった。 「ところで・・・」と切り出されたのが「この辺に食べ物屋さんってあります?」との質問です。 グルメ本の解説や食べログ情報のような気の利いたところを紹介できるわけがない、リードの説明だけでもう手一杯だ。 でも「天神まで行くのも・・・」とおっしゃるので、ならばと近く、ついでに遠くの定食屋さんを紹介しました。でも価格は?・だのメニューは?だの、ましてや何がおいしいだ?なんていうのはグルメサイトを参考にされればよいので、ウチからのコメントはありません。駐車場もほとんどの店にはありません。したがって歩いて行く(行ける)ところです。 ということで、すぐ近くから。ウチを出て天神方面にすぐそこ何十秒の「泰元食堂」 大元は肉屋さん。ハンバーグ、焼肉などのお肉の(定食)メニューで、好きな人達が多く、わりと行列になるところです。 道路を渡って目の前「GABURI」 先ほどと同じくお肉のお店で「1オンス、〇〇円」という小さくてシンプルなステーキハウスです。 歩道に沿って西に数メートル、「ロッサ。ロッサ」定食堂と言うよりレストランです。が、昼間は外にお弁当を販売していた時期もありました(今はテイクアウトがあるらしい)入れ替わりや業種転換の激しいこの辺りにあって比較的長くあるお店、「バル」って言う名称をハシリに使ったお店の一つです。バス停のまん前にありますが、小さな花屋さんが意外と目に付き、場所の割には落ち着いた雰囲気の立ち位置です。 で、そのまま南に進みにぎやかな通り「警固本通り」にある、「わっぱ定食堂」 ここも結構長くあります。道路渡り、警固本通り交差点を右に曲がって1分程度のところ、迷いません。木造ガラス張りで中がよく見え、入り・・引き込まれやすい。ほかに、今泉にもあって、以前は赤坂門通りに系列のカレー屋さんがありました(←今はありません。メニュー一品の主役感が特徴・・・と思う)昼食時には数量限定品(!)とそうでないワンコインのお弁当があります。ちなみにそこまでの通りは、暗くなると左右とも大変なにぎわい。(その内に紹介するかもしれない→とその中の一軒ほど紹介します、かわ屋さん。いつ通ってもパンパンです!) 次は、・・・国体道路の「警固西」交差点を渡り、次の警固本通りとの交差点(角に有名なラーメン屋さんがあります)を過ぎて50mくらいのとこにあるのが「いっかく食堂」余所見をしていると通過するかもしれない、ちょっとわかりづらい所です。 ○○+○○の洋食系だと思いますが・・・いつだったか?刺身(その時はかんぱちでした)と○○という和定食なものがありました。レギュラーメニューだったのかそれともたまたまか?(あと玉子のおかわりがあったように思います・・・)あと、「わっぱ定食堂」と同じく昼も定番の弁当も販売しています。 さてその次。先ほどからまっすぐ、コンビニを左に曲がり、次の角を右に曲がる、暗がりに「王丸食堂」の明かりが目立つ王丸食堂。店(マンション自体)が新しくきれいになって今風ですが、相当以前からあり、その頃は住宅地の中にある食堂っていう感じでした。和、洋問わず種類も多く、そのものずばり定食堂です。現代のように方向性や量、こだわりなど、何かを前面に押し出しふうではありません。昔との違いは厨房がオープンで広くなったところ・・・。 先ほどのコンビニの手前にパン屋さんがあってモーニングセットをやっています。場所柄(薬院)マンションが多くこの辺りではここだけ?のような・・・。 (逸れますが)パン屋でいうと店の近く、右に出て一方通行を北(逆方向)に行き、中央体育館の手前左手に"BREAD"というお店が。そのものずばり「パン」大胆な名前です。以前は明るいうちには締まっているのを見たことがなかったのに最近見たところ、朝早くから開かなくなりました。朝6時から9時までクルー募集の張り紙ありますから、徹夜明けか早起きでパンの大好きな方には、手ごろな職場みたいです。 そうそう、忘れていました、あの老舗、「シャトール」わっぱ定食堂前の駐車場を国体道路方向に入ったところにありまして、こちらは朝から暗くなるくらいまでやっています。特売日もありします。 ちょっと・・・じゃあないか、個人的にちょっと残念なのが、城南線よりも南側、近くに福岡で相当有名な洋菓子屋さんのあるところから3~4分のところ。御所ヶ谷というところで車だと見過ごしてしまいそうなちいさなお店があります、というよりありました。静かな場所で、見た目も質素、タイミングを逸したところで小さな張り紙を目にしました。 さて元に戻って・・どこだっけ?そう、先ほどのコンビニを曲がらずまっすぐ進むと次の交差点角にあるのが「ニュースマイル」。北から行くと目立ちませんが、南(城南線)側から行くと赤い日よけとうすいスカイブルーで縁取った大きなガラス張りが、かわいらしいお店です。カウンターとテーブルが3つくらい、「たのしい食事」の文字に行ってみたくなるかもしれません。 ちょっと足を伸ばしすぎたので近くまで戻ります。 うちのお店を出て右、一方通行を逆に行ったところ・・・前に出たパン屋さんの「ブレッド」の向かい側「ライオン食堂」 表に簡単なメニューがあり、周りと店(外側=外観)の雰囲気が良くマッチングしている。いつ頃だったか行列になっているのに少しびっくりしました。店自体は長くあり以前は、「カリオン」という店名でした。(つづく)

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ため息が・・・漏れたが、鼻息も荒い!

なんのことはない、ホークスのことである。 たまに来られるNさんはすこし(?)だけと言いつつ熱烈なファンである。 -今年も残念でしたね?「デスパイネや松田がよくやっていますが・・・あと内川もです」-でも打率も欲しくないですか?「そこを求めるとチームと個人的な面白味に欠けます、まあいいとこで打ってはいるのでOKです。内川はそろそろ若手がねえ、長くやってもらいたいのはやまやまですが・・・」-ほうほう、ところでやっぱり柳田は大きいですか?「大きい!なんてもんじゃない、それが一番痛い!上林や今宮も、もちょっと何とかいければ・・・」-個人的には中村が痛いと思っていますが。「それもいい役目ですが、4番が抜けるのはやっぱり痛い!・・・でも、シブいところ突きますね」-はあ、大隣が好きだったんで。 「へえーそうなんですね。その投げる方はもっと痛い、なんてもんじゃない、激痛ですね、複雑骨折です。東浜、バンデンハークをはじめ中田、武田に和田でどれも・・・」とますます静かにヒートアップ 「ただですね、どこの球団もピッチャーに関しては四苦八苦しています。打ちまくった西武が優勝っていうのもうれしかありませんが、仕方のないところかと・・・」と普段はまったくそんなそぶりをまったく見せないのに細かで熱ーい分析を展開、「そんな中、今年も良くやったなあと思っています」とCSも終わっていないのに納得のご様子です。 でCSは?と尋ねると「そうなんですよ、それを考えていてですね、千賀と高橋だが・・・。だれを先発でいくか?向こうは則本かあ?どうする?高橋は西武戦で(も)使いたいし・・・バンデンハークは・・・」-と真剣に悩んでいるよう。ところで千賀の楽天戦ってどうなんですか?「そーなんですよねえ、楽天戦がちょっと・・・でも負けたら次は無いのでエースが投げんなんかありえん!」と最後は分析どころではありません。-ところでリードかなんか買っていきませんか?「それそれ!そのために来たのに忘れるとこでした。これだからいかん!なかなか上手くなりませんね」 でも、「ワールドカップ」という大イベントがあるのにこっちは相当影がうすい・・・。 ーが、ちょっと・・・というか相当興奮した!なにげなく見ていた、対スコットランド戦のことだ。日曜日の夜、見ていて「なんだ、結構やるじゃないか、これなら勝ちそうだ」と3トライ目のところでチャンネルを変えてしまった。 ところが、再び変えて後半戦、「ヒヤー危ない!あとワントライで同点やんか!」とテレビに釘付けです。最後の15分間はテーブルを抱え込んで大声援!見た人はお分かりと思いますが、あのディフェンスには大興奮でした。 翌日は地域柄CS突破のホークスですが、すいません譲りましょう!今回はラグビーです!

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かつての聖地の続き

隣のビルが解体されているのだが、振動と音がすごい。直接面しているわけではないので苦痛なほどではないが、相当頑丈な基礎か、地上部分がなくなってからも三台の重機が大忙しだ。 そういえばここ一年であっちこっちのビルが解体されていてその現場がよく目につく。南側の警固、東側の大名でも作るほう含めて大盛況である。 その解体と言えばニュースでもかなり取り上げられ、その道の好きな方には本当に名残惜しい建物も解体途中、そう九電記念体育館だ。 多分今頃は更地に近いぐらいかもしれないが、知り合いのTさんは、さいたまスーパーアリーナまで見に行く大のプロレスファン。その話をちょっとふるとと案の序食い付いてきた「そうなんですよねえ、昔は・・・」と名勝負と言われる数々の試合を語られます「・・ここら辺に控え室があって・・・」と生き字引ような話が次々、その後も延々と続きます。「スターレーンも無くなったんですよね、駅から近くで便利だったんですよ。そういえば・・・」ととても終わりそうにない。 この時期恒例のものが届いた「スイカ」である。知り合いのM君からだが、これがまた自他共に認める格闘技好き、教えてはいないのだが、彼もきっと残念に思うに違いない。 夏休みの時期ですが、もう建物が無くなっていました。あとはきれいに整地するだけ・・・ 夏休みも終わって、もう何もなく裏手(浄水通りから見て)の高校と小学校が丸見えになった。更地の広い事に驚くが、もう基礎工事が始まっている。

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特急「宗谷」に乗って、バスにも乗ってみた、のーその後

4時間半もかけ、4000円の運賃でバスで移動したわけですが、単純に移動するだけなら言わずもがな鉄道です。ローカル列車だと時間は6割、運賃も7割がた、景色のプレミア感といい、バスへのこだわりと「別ルートを…」なんて考えなければ、稚内ー音威子府間のバス移動の選択肢(浜頓別への鉄道は廃線)はありません。 ではなぜバスを選択したかというとテレビでもよくある「最近路線バスにハマって……」ということもありますが、「おいしいものでも食べながら…」と、ローカル線を楽しもうと思うにも都合の良い列車がありません。(別にまねたわけでもありませんが・・・) 前回の「宗谷」は折り返し「サロベツ」となって出発、次(といっても夕方発ですが)も、札幌行きの特急で、それに乗って途中下車ではもったいない。その後にやっと普通列車の出発で、そいつで音威子府には行けてもソバどころか、景色も無いし、加えてそこか名寄に一泊することになると、翌日の特急か普通に乗り継いで帰れば札幌到着は昼頃・・・。時間と予算を無視すれば、優雅で変態的な旅となるところですが、海外旅行じゃあるまいし、目的の割には相当大袈裟で大味な話です。 大昔(国鉄時代の相当昔の話で申し訳ないが)だと、急行「宗谷」や「天北」、あと(有名な)旭川行き322普通列車に乗って駅弁「カニ飯」か「うに飯」なんぞをお供に広大な「・・・らしい」風景を堪能し、音威子府や名寄の長ーい停車時間や乗り継ぎに駅ソバを食べて、有り余る時間をぜいたくに使い、ひとり満足感に浸っていたことが、今となってはちょっとなつかしい思い出です。 バスはバスで、目的と時間を作れば、それはそれで次回(も乗る)がありますが、途中で食事どころか車内飲食もゆるされない。したがって鉄道、できれば稚内発午後出発の普通列車ができればありがたいと思っています、まあ現状実現不能ですが・・・。 さてさて、例のそばを食べたい一心で、これだったら・・・と考えて、今回は行きがけに音威子府に下車。 特急「宗谷」を下車し、小走りに待合室に向かう、ついに対面!・・・あれ、やってない!なんでやっていないの?と駅に人に尋ねると「!」新たな事実が判明した、昨年から休業しているらしい。 理由はわかりません、「やめられたんですか!?」との問いに「いや。休業って書いてあるから休業じゃないの?やめるんだったらやめるって書くでしょ!」そりゃそうだが、再開時期はわからないとの事。「再開したらわかるでしょう」・・・高齢だとは聞いていた(それが理由かどうかはわからない)が、そうかー、やってないのならしかたがない、それじゃあ駅前をまっすぐ国道を渡ったお店に持ち帰り用の麺を販売していたので、それをお土産に購入しましたが、ちょっとさびしい現実です。 やっぱり、利用客が少な過ぎるのかなぁ・・・・バスの発着もあるし、ふーむ・・・行く先々で訪ねたい店が無くなるのもどうしたもんだ、と考え込む・・ 国道沿いにある〇〇商店を駅構内持ってくる。食料品、生活雑貨とか含めて道の駅に銀行か郵便局がくる、どっちか言うと郵便局か?発送受け取りで言うと宅配便。温泉施設と小さい娯楽設備がないと困るなあ・・・。鉄道で言うと荷物列車の運行があると何かと便利です。貨物列車を仕立てるほどではないので、ダブルエンジンのディーゼルカー1両の半分が荷物室にしてもう半分が客室して音威子府(幌延)と旭川間をJR貨物の運行にする。本屋と靴屋と服屋とファーストフードは無くてもよいので、村をあげての「ヴィレッジモール」 なんて作ってみるともう少しなんとかなるかもしれません。 なんて考えながら時間つぶしをしたつもりが、いつのまにかバスの出発が迫っていた。走って戻り、切符を出そうとしたら・・・無い!まずい、運転手さんに「待ってください!」とお願いする、結局見つけ出せないのでもう一度購入、不本意だがちょっとした貢献をしてしまった。

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特急「宗谷」に乗って、バスにも乗ってみた

前回は稚内到着から折り返しで特急サロベツに乗車、滞在約20分という、無謀な企画の批判を受け(だれが一体批判するんだ?)て、ならばと今回は、音威子府ソバの真相を探るべく(という理由をでっちあげ)再度の訪問となりました。 宗谷の到着後、稚内バスターミナル前を午後1時20分、15人程度の乗客を乗せ予定時間に出発。途中、買い物客の何人かを乗せて市内を南下、街並みを抜けた辺りからルートが東向きに変わる。20分もすると声問の静かな海が見えてきた。ここからから南(山手の方)に旧天北線が分かれていたのだが、線路跡はおろか駅跡さえ記憶がない。市内はずれから背後に見えていた利尻島が、宗谷湾の端、富磯まで来ると見えなくなった、天候に恵まれれば、意外に長く見られるものだ。 出発して40分後(午後2時)B.S宗谷に停車、ここまでで買い物、病院など地元の方と思しき人たちは下車。「宗谷岬に行かれる方は(B.S)宗谷岬で…」と車内アナウンス、まもなく「最北端地、宗谷岬」らしい。 アナウンスから10分程度で宗谷岬に到着。写真でよく目にする三角形の碑がすぐそこに見え、バイカーもいて辺りは混雑ではないくらいの賑わいだ。駐車場があるし、時間の使い方からいうとやっぱり車の方が便利そう。自分を除いてみんな下車したので、一番前の席に移動する。「お客さんは行かないの?」の運転手さんの問い掛けに「音威子府まで行くんで」と言うと「ああ、そうかい」-変わり者と思われたかも?「一年に何人かはいるね、そういう人。バス乗るのが好きだとか、景色が良いところだとか…」-やっぱりいるんだ!よかった変わり者じゃなくて(絶対数は少ないんだからやっぱり変わり者でしょ?) 近づいたり離れたりしながら海沿いに走り、いつの間にか南向きになった。ここらだともうオホーツク海かも知れない。たまにゆるいカーブを通過するが、先頭に座っていると弓矢の的に向かうがごとく直線が続く。 「そこの左後ろ、島影見えるかい?それ樺太だから(薄く海上に線のように見える。そう言えば特急の中から礼文島と利尻島も見えました) そうそう、そっちの方もそうだけど、天気が良けりゃいいってもんじゃないし、悪いともっとだめだし…両方見えて良い日来たねえ」-ははは、ありがとうございます。 貸切状態でガイドさん付きのバスツアーだったが、とある郵便局の前で久々停車、お客さんが2人乗車する。その先の信号を右折して、10分ほどで旧天北線の鬼士別駅跡の鬼志別のバスターミナルに到着、一回目の休憩だ「お客さん、3時5分出発ね、後ろ開けとくんで、それまで戻って来てね」と詰所に行ってしまった。 猿払村役場のある地区で何もないわけではないが、かといってフードコートやスーパーがある(見受ける)わけでもない。福岡近郊だと真夜中だってここまで車の通りがないことはないが、それにしてもかなりの静かさだ。広さではトップから何番目の面積ながら、人口密度だと下位から数えた方が断然早い(失礼ながら)辺境の地、観光地でもない所の平日昼間はこんなものかも…。いくつか写真を撮り、用事を済ませて、乗車、音威子府の情報を検索してみた。運転手さんが戻って来たところで「すいません、昔(音威子府)駅で売ってたソバですが、あのお店は今どうなったんですか?」と聞いてみた。すると「ホームのそば屋かい?あそこは、いま駅(待合室)の中でやってるけどね。お客さんそこ行くの?でも着いた時間にはやってないんでないの?けっこう早く閉まるから」えー!じゃあ他の〇〇さんとか店ぐらいですか?「そうだねえ……でも行くんなら電話しておいた方がいいよ、お客さんいないと早く閉めるときがあるから」そりゃー困る(かなりうらやましい!)ちょっと電話しとこう。と電話が終わるのを待ってからエンジンがかかった。 さて出発すると、先程の交差点まで戻り、1人が乗車、国道を南下する。左にオホーツク海、右手には牧草地らしき草原を見ながら、しばし走ったところで道の駅が見えて来た。この辺り一帯が猿払村営牧場で広さは見えるところまで(!)らしいが、建物がないので大きさの想像が付かない。左手にロシア船遭難の碑が見えた。 そこを過ぎた辺りから景色に飽きたか?ちょっと寄り道をー(んな訳はありません!)芦野という小さな集落が内陸寄りにあるのでそこを経由。「10軒程度…周り含めるともう少しあったかな?」と説明してもらったが、見える所だけだともっと少ない。「道道めぐり」をしながら再び国道に戻って来た。 曲がったか曲がってないかわからないようなカーブと長ーい直線が交互に続き、時折後続車が追い抜いて行くが、一定のスピードを保ったアクセルの扱いが独特だ。すこし内陸寄りに走っているのか○○牧場の看板とともに牧舎が忘れない程度に出てくる、たまに「飛行場前」なんてバス停もあったりして、「どこにそんなものが?」と思うが、景色だけながめると(BSの)名前を付けるのもそれはそれで大変である。ボヤーっとする時間も増えたので浜頓別ってこんなに遠かったかな?と話しかけると、「ああ、鬼志別から60キロくらいあるもんね」そう言われるとそりゃーぼおーっとする時間も増えてくる。天北線があった頃は「らしい」風景を満喫したものだが、ここまで来なくてもすでに満腹——、できる事なら途中下車してホントに満腹になりたいものだ。有名な(北海道では)四ツ葉牛乳の工場を過ぎて少しすると街並みが見えてきた、浜頓別だ。見えて間もなく一人のお客さんが下車し、その先の紋別との別れを右折し、ちょっと走ってバスセンターに到着した。ここでも10分間の停車。浜頓別は旧天北線の要衝、内陸の音威子府から距離が80キロ程度。先ほどの国道別れを海沿い(オホーツク海)に南進する旧興浜北線があり、10キロちょっと行った所に神威岬(斜内ー目梨泊の間にある)がありますが、ここの景色は宗谷線から見える利尻島と並ぶ、道北きっての(鉄道)絶景!撮影ポイントに腰を下ろして列車を待った当時を思い出します。さらに南に進むと興部、紋別からサロマ湖へと快適なドライブコースが続き、宗谷岬でのバイカー達もここらをツーリングしたはずだろう(多分)。 高校生の乗った下りのバスが出発して、こちらも貸切で出発、でも時間が時間です、次の高校前から学生さんが乗ってきて、少し賑やかになった。でも20分程度で中頓別のバスターミナルに到着し、先ほどの高校生たちは、全員ここで下車してしまいました、またまた10分間の時間調整となった。手前の下頓別もそうだが、ここも旧天北線の駅跡でバス停の前には、ちょっと痛々しいがローカル線用ディーゼルカーであるキハ22が鎮座。 ここでは鬼志別や浜頓別と違い、切符売り場や大きな待合室があるわけではないので、2人してバスの中で待機となる。 親戚の子供さんが吹奏楽部だったとかで、「10分くらいの演奏(多分コンクールの事だ)を聞いても何が良いのか悪いのわからないし、スポーツみたいにわかりやすくならないものかね?」要するに「やれー!」「それー!」と応援したい、ということらしい。他にも趣味はこんなだけどお宅はどうだとか、冬はこんなだとか、世間話のだが住んでいないとわからない大変さをたくさん知った。 そんな間に時間がきて出発、浜頓別からは山間部に向かって走るが、曲がり道が続くとか峠を越えるという感はない。天塩山地の東側、高い山もなく丘陵地ようなところを緩いアップダウンと大きなカーブが続く国道を一定の速度を保ち走って行く。五時を過ぎ、あと30分くらいで到着するらしい。稚内から音威子府まではおよそ160キロメートル、福岡からだと熊本県の八代市くらいの距離で時間にして四時間半弱くらい。これが路線バスっていうから相当驚いた(今更気づいたのか!)「昔は、休まず走っていたんだけども例のさ、バス事故が遭ったでしょ?それから今みたいに休憩時間をいれるようになっちゃったわけ」と笑った。音威子府駅前に到着後「例の食堂さ、その信号を左に行って10分くらい歩いたところ。右側にあるから」はい、ありがとうございます。それでは、行ってきます。 だらだらな、放浪記お付き合いいただきありがとうございました。

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特急「宗谷」 宗谷本線

旭川駅出発からです。(札幌からの前半はこちら) 超様変りした旭川駅を出発、左にカーブして北に向かいます。旭川四条、新旭川と市内を抜け、その昔に樹木希林さんとのTVCMで有名になった比布(ピップ)駅を通過。そこらへんから緩い上りとなり、蘭留(ランル)を過ぎた辺りから左右にカーブが続き、キツイ上り勾配に。特急とは思えないくらいの速度に落ちて、それが戻りかけたかなーと思ったところが峠の頂上、塩狩峠です。そこから下り坂とともに快調に飛ばして次の停車駅、和寒(ワッサム)に到着。 線路状況に恵まれてスピードアップ、合間に放牧された牛が見え、「らしさ」を撮りたいところですが、時折出てくる防雪林に阻まれてうまくいきません。すこし開けてきて剣淵(ケンブチ)まで来るとあんまり「らしくない」水田より「らしい」農場が増え始めます。   町のちょっと外れたところにトヨタのテストコースがある士別(シベツ)に到着。ここで上り宗谷とすれ違い。 士別を出発、北に向かって快調走行、家並みが見えはじめて、到着する手前くらいから旧深名線らしき砂利道が近寄ってきて、名寄(ナヨロ)駅に到着。宗谷線、先程の旧深名線や旧名寄線の乗り換えや乗り継ぎ駅であったため、レール撤去後も広大なヤード跡が残り、国鉄時代には大きな鉄道拠点であった事が伺えます。ただこの跡地も有効活用は未定(と思う)、札幌近郊とは違いその使い道を考えるとかなり厳しい…。(採算性と初期投資を言わなければアイディアが無いわけではありませんが、それはまた別の機会でも・・・) 珍しく2分停車なのでホームに降りて販売機でコーヒーを買ってきました。それしか無いのもさびしい話ですが、せめて車内販売程度でもあるとーとも思いますが、この路線には設定がありません。 そこで- 立食タイプのビュッフェ付きの車両を連結してみる。車両の2分の1から3分の2程度のスペースに設置し(国鉄時代に「サハシ〇〇」言うタイプの車両がありました)、窓配置は景色が望めるパノラマウィンドにする。北海道産のもの(カフェオレやミルクセーキ、クッキーやチーズケーキなど)を使った商品とか、チーズをつまみにビールかワインっていうセット物や軽食などのメニューを。夏はソフトクリーム、冬はポタージュスープなどと期間限定商品もあると楽しみも増えそうです。あと車内限定販売品が買えるっていうのがちょっとした希望なので、できればよろしくお願いします。 なんて妄想を膨らませていたところで、小さな町並みが現れて美深(ビフカ)駅に到着、特急停車駅には…ふーむ、とても見えない(そんなこと言ってたらほんんど停車できないだろうーとの声も聞こえそうですが)。ここからは、かつては赤字路線の代名詞と言われた旧美幸線が出ていました。 札幌から約3時間、時間なりかそれ以上か音威子府(オトイネップ)駅に到着。それまでは民家がポツポツ見える程度でしたが、久しぶりに集落に出たって感じです。とは言っても規模は「村」。でも侮ってはいけません、かつて天北線(浜頓別方面)との分岐駅であり、宗谷線中間地点で鉄道設備としては拠点の一つでした。3つのホームを持ち、宗谷、天北両線への急行や普通列車の停車および待ち合わせのため、意外とディーゼルカーが停車、小さいながら貨物ヤードにはSLの引く貨物列車が待機し、ターンテーブルのある少し煙った小さな機関庫wはじめ、給水、給炭設備、職員の詰め所があって、ジオラマにすると大きからず小さからずの程良い駅!その雰囲気が味わえなくなったのはとても惜しいなあ!と、今でも思っています。当時は、立食いそばの店がホームにあって(あったと記憶)、その美味さが忘れられれず、あるかどうかホームにちょい降りして見てみましたが、一日10本程度の発着しかないのにある訳がない!移動したのか?それとも駅舎にもあるか?それとも…、今後の課題です。 音威子府を出発すると旧天北線と別れるように左に大きくカーブし天塩川とベッタリとランデブー、「北海道ぽく」はありませんが、対岸の山手からの鉄道写真の撮影はお勧めの一枚です。川から別れて、10分程度でパステルカラーの小綺麗な家が周りに見える天塩中川駅に停車。乗降客はありまんが、散歩?の小学生の見送りがありました。 集落はおろか駅名もわからない片側ホームの駅を通過、それまで抜ける青空だったのに。問寒別(そのままトイカンベツ)駅あたりから曇ってきました。天塩川沿いの護岸が工事のため徐行運転。 名寄からの地上設備(線路)のダウングレードと春先のダイヤ改正によるスピード制限がかかり、宗谷(261系)的には全く面白くないスピードで北に向かっています。ま、いわゆるダラダラみたいな状態ですが、これはこれで景色と時間を楽しむには十分で、これだとやっぱりビュッフェがほしいなあ! 大昔、軽便があった幌延(ホロノベ)駅に到着、駅員さんの姿がみえました。駅の端に少なからずコンテナが見えたので貨物取り扱いがあるみたいです。 次の豊富(トヨトミ)で内陸部から日本海(側)に出て来ました、といっても海が見えるわけではありません。相変わらず曇り空、晴れてくれないかなあって祈る気持ちです。 兜沼を過ぎる辺りから一般にイメージするところの風景になります、サロベツ原野です。ただ、列車だと熊笹の生い茂った台地?や草原みたいなところを走っていて、ボヤっと眺めただけだと山ん中との違いがわかりません。ところどころ開けた所に出る(から見える)と牧草地が広がり、ポツンぽつんと家が点在しそうなのが、そうかなあって思わなくもない光景です。お、抜海(バッカイ)駅を通過しました。   熊笹の生い茂る台地(原野)を上ること5分程度、熊笹の原野から急に視界が大きく開けて、唯一の海の見える最高のロケーション!天気に恵まれると海の向こうに利尻島が浮かびますが、今日もあいにく天候、残念ですが、またもや利尻富士は空振りです。 下り始めてまもなくすると家々が見え、ゆったりとした速度で南稚内駅に滑り込み乗務員はここで交代。出発後まもなく右手に港が見え、減速していくと終点の稚内駅到着です。 さて、帰りは「サロベツ」かそれともバスで行くか・・・

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特急「宗谷」 函館本線

「スーパー宗谷」で無いのは残念ですが、それでも乗ってみました「特急 宗谷」 早起きのつもりが、リミット近くまで寝てしまい、朝食もそこそこにして、足早に札幌駅に向かいます。改札をぬけてエスカレーターでホームに上がると乗客がもう乗り込んだあと。とりあえず先頭の写真だけ撮って自分も乗車しました。 7時30分出発、3~1号車の指定席は半分程度の埋まり具合で、4号車の自由席は満席状態です。 しばらくしてJRの車両基地と工場のある苗穂(ナエボ)そして白石駅を通過、平和駅のとなりにある広大な貨物ターミナルを過ぎる頃からさらに加速していくのですが、このエンジンの回転音がなんとも心地よい。 岩見沢駅着、時間帯からか自由席のお客さんが大勢下車。向かい側ホームには滝川行き普通列車が待機中ですが、乗り替えのお客さんは少ないようで大半はここで下車したようだ。 10分ほどで美唄駅着、あれ?景色がぜんぜん違う!(ずっーと)前は、ホーム東側に貨物ヤード跡地が残り、駅正面から反対側に続く長ーい跨線橋(後日調べてみたところだと、砂川だったかもしれません)があったはずですが、その跡形がまるっきりない。いつの間にか再開発されて道路や駐車場、店が出来て札幌近郊の新駅みたいです。 車窓に目をやるとポツポツ、きらら397(「ななつぼし」かも?)の水田が目立ち始めました。 次の停車は砂川駅、同じく10分程度で到着。ここにも貨物ヤード跡があってパッと見にはわかりませんが、空き地が目立ちこっちはまだ未開発のよう(と思う)。 その昔、ここから10キロ程度の函館(支)線が上砂川までありました。でも当時そのホームがわからなくて、めんどくさくなって線路沿いに終点まで歩いたこと(アホなことやっていましたね)があります。帰りは上砂川からディーゼルカーに乗って戻ったのですが、その到着ホームが本線ホームから貨物ヤードを跨いだ反対側にあることが判明、(貨車があいだにあって)わかんなかったのにガッカリした事がありました。 ところでなぜそんなところまでわざわざ歩いて何しに行ったか?そこに三井砂川抗がありましてそれを見に行ってました。当時はちょっとした炭鉱(鉱山)オタクだったので…。 岩見沢以降、短い間隔で停車していますが、次は滝川駅。函館と根室の本線同士分岐点なので鉄道設備の重要拠点の一つでした。現在は釧路、帯広方面へは石勝線に移り、施設自体の効率化もあって、いくつかの電留線とディーゼルカー車庫、付帯設備が残るだけです。 その昔(平成の初め頃)、「見られなくなる!」との思いで立坑(正確には斜坑です、福岡にも跡があります)滑車を見に、隣街の赤平に行った事がありました。ここは住友炭鉱だったと思いますが、クルクルと滑車が回るのを飽きもせず、ずっと見ていました(ここまでくると、我ながらちょっと変態的って思わなくもありません…) 余談ですが、北海道の炭鉱と言うと有名なのは「夕張」です。でも地図を見るとわかりますが、先ほどから出ている一帯の名前は、桂沢湖という湖を中心にすると「夕張」の反対側に位置していて、一つの山塊をいろいろなところから採掘しているのがわかります。と、いうのを今回の事で地図を眺めているうちに知りました。 (知る人ぞ知る)妹背牛を通過して深川到着、後方に分かれるように出ているのが留萌線。留萌から南に海岸に沿って増毛(映画撮影のによく出てきましたが)までの路線がちょっと前に廃線となりました。周辺の景色に「ゆめぴりか(かも?)」の水田が目立ちます。快調に駆け抜け、長いトンネルを2つほど抜けると上川地方の中心地、旭川です。 いやー!しばらく来ていないとは言うものの、旭川駅のあまりの変わりようにびっくり!札幌駅と同じく高架駅!地上駅の時には富良野線ホームなんか、だだっ広いヤードの中に離れ小島のごとくあったのに…そんな面影はもうどこにもありません。 周りの道路が整備され、綺麗なマンションとショッピングモールが出来始めており、駅の周りだけ異空間!です。 ところでこの駅ですが、建て方が従来と違うらしく(天井を支える柱の構造?がなんとなく違うような…)、そのために駅表示板が他の駅と同じようには着かないらしい(と、近くの営業マンたちが話していた、ふーむ確かにそう言われるとそんな気もする。もし、行かれる方がありましたら見てみるとわかるかもしれません)乗務員が交代して2分停車後。出発、いよいよ稚内へ!です。 と、前半はここで終了です。続きは旭川出発から。

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後藤寺線 船尾駅

日田彦山線の後藤寺駅を出発して下り坂をカーブしながら国道をくぐり、両側の視界が開けて、昔は有名なフォトポイントだった中元寺川の鉄橋を渡る。新しき家がチラホラ見える田畑の中を軽いエンジン音を響かせながら、しばし直進。ゆるく上り始めて左にカーブし、山間に入りかけたかなって所で船尾駅に到着。 30年以上前まで石灰石専用列車が行き来した構内の慌しさは、今や草地となった跡地が残るだけ、単線に緩くカーブしたホームが1面……それだとローカル線によくある静かなたたずまいの駅ということだが、向かいと反対側にデカイセメントプラントが聳え立ち、岩石を砕くのか騒々しいうえに、大型車両の出入りも頻繁で、のんびりした感はない。 と、書いたところで新聞の記事が目に止まった。JR九州発表のものだが、輸送密度(1km当たりで一日の乗降者数)は下から5番目、運賃収入にいたっては最下位、10キロ少しの路線で、全線乗っても2~300円、少々人が乗ったからと言って路線全体からみればたかが知れている。となると「え?廃止の危機か?後藤寺線!」なるところだが、調べてみるとちょっと面白い。 田川と飯塚、バス路線に替わってもよさそうにみえる【ふむ、ふむ】。単行(1両)運転であり、他にも似たようなローカル(地方)線が第三セクター(平成筑豊=糸田、伊田、田川線等)や廃線(漆生、下山田、添田線等)になったりしているうえ、この路線の成り立ちが鉱石運搬を発端(現在の貨物輸送はない)としたところを見るに、よくJRが残しているものだと感心する【なるほど、なるほど】。 一方で一時間に1本……というと不便に感じるかもしれないが、運行本数は一日往復25本程度ある。幹線と言える日豊線のとある駅など朝2本、夕方2本、夜2本の計6本(もちろん上下線でである)しか止まらない(普通列車の運行が無い)ことを思うと、結構な大盤振る舞いだ【ふーむ、たしかに!】。朝と夜には時間あたり2本運行、そのためにこんな短い路線にも関わらず離合ができる駅も備えていて、なぜか午前中には快速も運行、早朝から夜間までむらなくあって割合便利なというか、ずいぶん手厚い路線だと思う【言われてみれば、そうかも】。 特急も通らないのに……、見方によっては不思議さのある路線だが、博多への直通列車が無いのは残念だ。「ニーズが無い!乗り継ぎで十分だ」と言ってしまうとここから発展がないが、朝と夜に2本程度なら何とかなるのでは?と思う(根拠は無い)。後藤寺線で使っている「40系DC2両編成で」って言うのが現実的(手っ取り早い)方法だろうか? でも折角だから新型車両の投入を考えてみた、ディーゼルカーではない!電車である【これはまた、大胆な!】、それもバッテリー併用の。筑豊、篠栗線内ではパンタグラフを使用、非電化の後藤寺線内ではバッテリーで走らせる。これなら他の電車との分割併合が可能(と思う)だし、後藤寺線内は10キロちょっと、最高速度だって60キロも出れば十分だ、その程度ならバッテリーだって今の技術ならあっさりクリアしてしまうだろう。オプションで桂川から原田の筑豊線でもと、似たような運用もできそうだし作ってみる価値は十分あるように思う。少なくとも「フリーゲージ」よりは現実的でロウコストだ。できれば小倉工場で自社生産、営業力を強化して海外へ売り込むーと、展開もある。一度検討してみてはいかがだろうか?【←誰が検討するんだ?それ】 ←注1 さて停車時間が長くなりましたが、船尾を出発した列車は、プラントの間を縫ってゆっくり登り、トンネルを抜けて下ったところが筑前庄内駅、以前はこの線区にあって筑豊っぽくない薫りするところだったが、今では他の所と全く変わらなくなってしまった。1キロちょっとで下鴨生、旧漆生線分岐駅からか広い構内が残り、(珍しく)離合ができる駅である。民家だの田畑だののそばをはしり、上三緒を過ぎると家々が目立ち始め、201号線をアンダークロスすると、新飯塚がもうすぐだ。 注1:後日、JR九州に勤める、T君から情報をもらった。「その電車ならもう走っていますよ、デンチャって言うんですけど。残念ながら後藤寺線じゃなくて、筑豊線の折尾と若松の間です。もう一年くらいになるんじゃないかなあ?他にも…」なーんだ!もう走っていたのか、ぜんぜんしらんかったあ。いいアイディアだと思っていたのに…。でもデンチャはかわいいが "TL Twin Power Evolution 1"なんて呼ぶほうがかっこいと思うけどなあ。

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もう「リニアモーターカー」とは言わない?

ニュースを見ていたら、JR東海のリニア新幹線の話が載っていた。ちょっと前に「自前でやる!」と言っていただけに、それ自体は驚かないのだが、びっくりするのは3兆円(総額5兆円!)の借り入れと2056年の返済。 40年返済なんて学生時代なら「その頃どんなに世界になってるだろう?」なんて気楽に考えていただろうが、今だと生きているかどうかもわからない、まあ乗ることにならないっていうことです。 車両、運行システムをはじめトンネル掘削など先端技術の塊で想像のつかないところですが、景色が見えないのはどうも気に食わない。時速500km、名古屋まで45分?だったか…「そんなので景色がいるか!」と言われれば、居眠りしている間に下車準備の車内放送、通勤電車なみだ、要るはずも無い。ひょっとするとそれでも欲しい!と私のようにわがまま言う乗客向けに、これまた最近流行りのVR機器が貸し出し、もしくは標準装備……窓に映し出された景色を見ているかもかもしれない、と想像するに「リニア」なんてそんなのでいい、と納得してしまうのです。まあ生きててもいい歳だ、寿命も延びるかもしれないが、現実との区別もつかないだろうから、まあいいか。 ところでこの途方も無い計画事態(偶然かもしれないが)JR東海でないとできないかな……と思っています。 たまたまリニアの話題に食いついたのですが、昨今のJRのトレンドは、「ななつぼし」に始まり東日本の「四季島}西日本「瑞風」と豪華列車だ。エリアの小ささと稼ぎ頭の新幹線受け継いでであっという間に高収益を上げてきたところで先ほどの「リニア」に走れる訳ですが、反面その反動か、この手の豪華列車の運用はもっとも苦手な方向のはず、収益は譲らずともイメージ戦略としては一歩後退かな?って思っています。 その東海がもし豪華列車を走らせたいとすれば、方法があります、それは、……。 (ほとぼりがさめたところに発表します)

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