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5月2日 こんなの考えました②

毎日欠かさない、あの話題ですが、今朝も子供たちのストレスがちょっとした話題になっていた。大濠公園は天神みたいだし、公園に行けば、居づらい雰囲気があるようなことが新聞に載っていた。ちょっと辛い話、そこでー 1、福岡市の動物園と植物園を開園する。少なくとも小学生低学年とその前までの年代の遊ぶ場所はできる。 2、公園とは違い、柵で囲まれているため人数をコントロールでき、過密になる危険性も近接も少ない。 3、午前と午後に分けるれば、3時間程度の滞在時間で(1グループあたりに半径2メートルとして敷地面積から割り出せば数字が出るはず)ある程度のグループを吸収できるはず。 4、昼くらいに駐車場あたりで市内でテイクアウトをやっているお店のお弁当販売と場内整理に若干名のアルバイト人員の募集をする。 二週間でも相当効果はある、と思うのですが、どうでしょう? その考えでいくとー 香椎花園もいけそうだ。でも一番安全で間違いないのは、やっぱり学校かあ・・・

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日田彦山線に乗ってみたい

水害であちらこちらの地上設備が痛手をこうむり、未だに開通していない日田彦山線、添田と夜明のあいだ。 この区間をどうするか?を前年度中に結論を出す予定だったのを土壇場で先送りする事になった福岡県。もちろんそれなりに理由があるわけですが、こんな時期だ、知事も相当困ったことだろう。 同じ水害でも山陽線なら話は簡単(のようだが)、こっちはそうもいかないようで、かってに想像するに距離は長いし、同線で最も利用者が少ない区間、特急が走っているわけでもなく、かけられる費用を天秤にかけられれ、採算を言われるとグウのネもでません。 そんなところにF君がやってきた。まだ若いのだが、僕と違って政治的な事まで食い込んでくるちょっとした博学。最近はめったにやって来ないだけにどんな意見が聞けるのか尋ねてみる。ー日田彦山線の話だけど、意見が聞きたい。 「え、電車の話ですか?通な話なんてできませんよ」-いやいや、鉄道かバスかって話。 「ああ、復旧するのに、バス転換だったか、BRTとかで線路跡を道路にしてバス専用にするとかいう話でしょ?」-まだ決まってはいないみたいだけど。 「でもーあれっていつでしたっけ?水害になったの」-多分2年前くらいの夏だったかと・・・ 「でしょ、JRは鉄道を修復しない(積極的ではない)方向のだから、どれをとっても変わらないし、バス転換って話になるんじゃないんですか?」-まあ、そうだが・・・途中で地上設備を直してくれたら、走らせるってJR九州が提案したみたいだ。 「直すのにも、その後のメンテにも相当費用がいくらかかる?って話で、問題が小さければ、もう直してる。だからバスと同じ考え方ですよね?バス会社は道路を直さない」ーまあ、そういうことになるか。 「結局、バスしか選択肢がないんじゃないですか、それって・・・」-いいぞ!そこで提案がある、それも鉄道で。 「はあ?そりゃまた大胆な、でもまた変なこと言い出すんじゃないでしょうね?」-いや、まじめに考えた。軽便はどうだ? 「へ!、ケイベン?」ーそう、JRの簡単なやつ。レール幅が3/4くらいで地上設備も簡単(のはず)半世紀前に無くなったみたいだ。 「-で、それだとどうなるんですか?」-良い食い付きだ!現ルートをそのまま使える。車両も簡略できるし、その分地上部分も(規格が)軽くなってコストも下がる。 「でも規格(線路幅)が違うんですよね?直通運転できないし、車両も現行じゃなくて新設でしょう?小さいと言えども全線現状復帰させる・・・そこをどうするかで議論しているんですよね?メリットがわかりません。」-いいぞ!普通に疑問点だ。まず直通運転の必要性が双方(JR、利用者)に無い(と思う)行っても北は日田、南に田川まで行けば乗り継ぎで十分だ。新型車両っていっても最高速度5-60kh、新幹線のようにスピードを競う必要がない。したがって線路(地上設備)にも負担が少なく維持費が安く済む(はず)。当然ながら計画自体を成り立たたせるには全線復旧になるが・・・。したがって車両に限らず、そのまま使えるモノは無いからすべておニューというところがネックといえばネック、どう? 「でも、バスだと一般道を使うし、BRTでも費用的には安くできるのでは?なぜ鉄道なのかよく分かりません、東峰村がこだわるのは知っていますが、その両側の自治体には駅がある、鉄道じゃなくても・・・ってことになりませんか?」-添田町も日田市も鉄道(駅)はあるからそう言う事になるなあ。実際大分県知事はBRTを支持したみたいだから。 「では、なぜ?」-鉄道が好きなのとあの区間の景色がいい!し、すごいトンネルがある! 「はあ?」-いや、ゴメン、まじめな話、実は自動運転だ。 「へ?」-流行の自動運転だ。車では普及までたくさんの障害があるが、ガイド(レール)に沿って走る理論はもう半世紀くらい経っているはずだし、鉄道はすでに実用化されている、将来的にはこれだ。 まず実験線から始めるが、過疎地であるがゆえに本数も少なく、踏み切り等の交通障害が少ない。一般道路を走る事を思えば、安全性もはるかに高い。車両だって小さく簡素化でき、バッテリーでもかなりの線でいけるだろう、仕組みが簡素化されれば維持費は安く済むはずだ。あとこれが重要だが、こういうシステムは過疎地ほど必要なインフラ整備ともいえ、実験的に進めるのに官民でできると思うのだが、どう? 「ふーむ・・・深いですね、言われればそうなりますが、半世紀前のケイベンがトヨタの未来都市のような話に繋がるところがわかりません」-まあ、分からなくとも自動化の将来性は鉄道(軌道)の方が断然早い、と思っている。 「でも、それは自動車やIT系っていう会社の方が、進んでいるように思いますが、鉄道より」-ああ、それは資金力が違い過ぎるのと次世代を狙っているからね、今のままではねえ・・・。リニアを開発するときまでかな?鉄道部門・・・特に東海以外はどうやって利益を確保するかで手一杯だろう。そんな未来の事業展開や利益が薄い事業より駅ビルを建てたいのが希望だろうから。でも、どう? 「話は面白そうですが・・・でも、事業自体は地味ですよね」-すまん、考えるとる方向が店同様、古臭くて地味なんだ。 「費用は分かりませんが、実現不能ってこともなさそうですね」-いや、可能だ。バスは自由度が高いように思われがちだが、無くなる自由度も高い。BRTにしても(考え方は良い考えだが)将来は自転車道かな?っとも思っている。 「今時って感じはしますが、おもしろそうですね」-楽器と同じく、オールドテクノロジーが好きなもんで。考えといてくれんかな。 「はあ~ぼくが考えるんですか、何で?」-店は、今、内装工事中、それ以外は瞑想にふけっとる。 「知事に提案したらどうですか?」ーしたくとも、知り合いがおらんのだ。それに今は時間が取れん。

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定食屋さん 7・0こんな時期ですが

こういった時期なので、なかなか出掛けるのもためらいがあるかもしれませんが・・・。 どちらもこちらもTake Outの張り紙。昼時分だと、通りの通りの店先でお弁当が売り出されていますから、お店の好みを知るにはいい機会かもしれません。ランチ価格なので御用があるときにはご利用されてはいかが? 「ところで・・・」と切り出されたのが「この辺に食べ物屋さんってあります?」との質問です。 グルメ本の解説や食べログ情報のような気の利いたところを紹介できるわけがない、リードの説明をするだけでも手一杯だ。つくづく形にする難しさを感じます。 でも「天神まで行くのも・・・」とおっしゃるので、ならばと近く、ついでに遠くの定食屋さんを紹介しました。でも価格は?・だのメニューは?だの、ましてや何がおいしいだ?なんていうのはグルメサイトを参考にされればよいので、ウチからのコメントはありません。駐車場もほとんどの店にはありません。したがって歩いて行く(行ける)ところです。 ということで、すぐ近くから。ウチを出て天神方面にすぐそこ何十秒の「泰元食堂」ですが、お肉の(定食)メニューで、好きな人達が多く、わりと行列になるところです・・・でした。「13年間・・・」という張り紙とともに2月半ばに閉店、スケルトンする間もなく、次のお店が開業しています。でも運営元は同じみたいです。 道路を渡って目の前「GABURI」 先ほどと同じくお肉のお店で「1オンス、〇〇円」という小さくてシンプルなステーキハウスです。少し前に通った時にちいさな注意書きがありました。 歩道に沿って西に数メートル、「ロッサ。ロッサ」定食堂と言うよりレストランです、見た目は地味ですが。が、昼間は外にお弁当を販売していた時期もありました(今はテイクアウトがあるらしい、同じか?(笑))入れ替わりや業種転換の激しいこの辺りにあって比較的長くあるお店、「バル」って言う名称をハシリに使ったお店の一つです。バス停のまん前にありますが、小さな花屋さんが意外と目に付き、場所の割には落ち着いた雰囲気の立ち位置です。 で、そのまま南に進みにぎやかな通り「警固本通り」にある、「わっぱ定食堂」 ここも結構長くあります。道路渡り、警固本通り交差点を右に曲がって1分程度のところ、迷いません。木造ガラス張りで中がよく見え、入り・・引き込まれやすい。ほかに、今泉にもあって、以前は赤坂門通りに系列のカレー屋さんがありました(←今はありません。メニュー一品の主役感が特徴・・・と思う)昼食時には数量限定品(!)とそうでないワンコインのお弁当があります。ちなみにそこまでの通りは、暗くなると左右とも大変なにぎわい。(その内に紹介するかもしれない→とその中の一軒ほど紹介します、かわ屋さん。いつ通ってもパンパンです!) 次は、・・・国体道路の「警固西」交差点を渡り、次の警固本通りとの交差点(角に有名なラーメン屋さんがあります)を過ぎて50mくらいのとこにあるのが「いっかく食堂」余所見をしていると通過するかもしれない、ちょっとわかりづらい所かも? 昼間は名前どおりの定食、いわゆる「ランチ」の営業、夜はメニューが少し換わって○○+○○の洋食系・・・いつだったか?刺身(その時はかんぱちでした)と○○という和定食なものがありました。レギュラーメニューだったのかそれともたまたまか?(あと玉子のおかわりがあったような・・・)あと、「わっぱ定食堂」と同じく昼も定番の弁当も販売しています。 さてその次。先ほどからまっすぐ、コンビニを左に曲がり、次の角を右に曲がる、暗がりに「王丸食堂」の明かりが目立つ王丸食堂。店(マンション自体)が新しくきれいになって今風ですが、相当以前からあり、その頃は住宅地の中にある食堂っていう感じでした。和、洋問わず種類も多く、そのものずばり定食堂です。現代のように方向性や量、こだわりなど、何かを前面に押し出しふうではありません。昔との違いは厨房がオープンで広くなったところ・・・。意外な定休日と夜は早く閉まります。 先ほどのコンビニの手前にパン屋さんがあってモーニングセットをやっています。場所柄(薬院)マンションが多くこの辺りではここだけ?のような・・・。 (逸れますが)パン屋でいうと店の近く、右に出て一方通行を北(逆方向)に行き、中央体育館の手前左手に"BREAD"というお店が。そのものずばり「パン」大胆な名前です。以前は明るいうちには締まっているのを見たことがなかったのに最近見たところ、朝早くから開かなくなりました。朝6時から9時までクルー募集の張り紙(2月14日現在は確認していません)ありますから、徹夜明けか早起きでパンの大好きな方には、手ごろな職場みたいです。 そうそう、忘れていました、あの老舗、「シャトール」わっぱ定食堂前の駐車場を国体道路方向に入ったところにありまして、こちらは朝から暗くなるくらいまでやっています。特売日もありします。 ちょっと・・・じゃあないか、個人的にちょっと残念なのが、城南線よりも南側、近くに福岡で相当有名な洋菓子屋さんのあるところから3~4分のところ。御所ヶ谷というところで車だと見過ごしてしまいそうなちいさなお店があります、というよりありました。静かな場所で、見た目も質素、タイミングを逸したところで小さな張り紙を目にしました。まもなく一年が経ちます。 さて元に戻って・・どこだっけ?そう、先ほどのコンビニを曲がらずまっすぐ進むと次の交差点角にあるのが「ニュースマイル」。北から行くと目立ちませんが、南(城南線)側から行くと赤い日よけとうすいスカイブルーで縁取り、表も中も綺麗に磨かれた大きなガラスが、かわいらしいお店です。カウンターとテーブルが3つくらい、「たのしい食事」の文字に行ってみたくなるかもしれません。このご時勢か、お弁当の販売をはじめたみたいです。 ちょっと足を伸ばしすぎたので近くまで戻ります。 うちのお店を出て右、一方通行を逆に行ったところ・・・前に出たパン屋さんの「ブレッド」の向かい側「ライオン食堂」 表に簡単なメニューがあり、周りと店(外側=外観)の雰囲気が良くマッチングしています。いつ頃だったか行列になっているのに少しびっくり。店舗自体は長くありますが、以前は「カリオン」という店名、もう覚えている人もあまりいないかもしれません。 その交差点角の駐車場となりにうどんやさんがありますが、昨年に内外装のリニューアルを行っていてきれいになっています。讃岐うどんらしく、以前は店内で打っていました。(つづく)

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石北本線 旭川から乗ってみた②

本来は引退前の183系「鉄仮面」に乗る予定にしていたのだが、調子にのって宗谷線に続きバスまで乗っていたらタイミングを誤り、「鉄仮面」は退役、気を取直しての道東訪問となりました。 ーで今回は、旭川から。道央最大の街で道北、道東への中継地であり、それなりに大きな駅です。南に行くと有名な美瑛があり、その先、富良野を経由して帯広方面へも行けます。その旭川駅、以前はよくある(地味な)二階建て建屋。地下だったか?小さなお店や食堂などがあり、その閉ざされた空間の中に小さな昭和が残っていました。通路を明るくそのまま(デザインを変えず)で綺麗(丁寧に補修)にしていけばそれはそれで味わい深いものになったろうに・・・と思わなくもありません。かつての建屋、待合室から改札越しにホームが2本(と記憶)合理化で撤去されたレール跡が残ったひろーいヤードの名残で、離れ小島の如く向こう側に富良野線のホームがありました。駅構内がそのままあった頃ー70年代には、稚内や北見、網走へ向かうのに、ここからの夜行列車を乗り換えて向かうこともあって個人的に重宝した駅の一つです。 改築前は道央最大の街以上(なみ?)にローカルさが点在していましたが、宗谷に乗った前回で触れたとおり、今では不要のヤード跡を取っ払い、更に高架となって使用するホームのみ、近代的な建物となって、駅の周りとともにコンパクトにリストラクチャリングされています。近辺だと吉塚駅みたいですが、賑わい自体は吉塚駅の圧勝。 改札を通って階段(エスカレータ)を上がり、中二階へ。ガラス越しに駅前からの街並みが見渡せる洒落た作りで小さくてもカフェの一つがあっても良さそうだが、博多駅のように「駅弁でも買ってから・・・」とーいうかコンビニもないほどシンプル。(まあ殺風景とも言いますが・・・)ホームに上がるエスカレータなども、まだ新しいこともあるが、「あのアカ抜けない雰囲気はどこに行った?」と戸惑ってしまうくらいの様変わりです。ホーム上もそばどころか売店もなくさっぱりしたもの。まあ屋根があるとはいえ、吹きっさらしのホームの上、真冬の時期にだれがそばを食べるんだ?一時間に何本の列車が出入りする?を見るに、立ち食いそばやの必要性は見つかりません。隣のショッピングモールで、十分すぎる時間が過ごせそうですが、もし作るならバスターミナルも駅の中に入れて、レトロな造りのモールを作って対抗してみては?と思わなくもないところです。。 旭山動物園行きのバスが入って来たところを見計らってホームに上がると、キハ40がもう入線していました。 腰を下ろして10分くらいで出発した。10人程度が乗り込んだディーゼルカー、左側の街並みが遠くまで見えて規模の大きさがうかがえます。新旭川駅辺りから地上に降り始め、宗谷線と別れて南永山、東旭川と停車。ここで上り特急オホーツクと離合。次の桜丘まで来るとめっきり家々が少なくなってきた。 出発後、直線が続き、周りの「らしき」風景に短い間隔のジョイント音が軽やかに響き、徐々に減速して当麻に到着。 遠くに低い山々を見ながら、少し上りとなったか、エンジン音が重くなってきた。 小高い丘のような山々が寄ってきて愛別に到着。 出発してから大きめの鉄橋手前で汽笛がなり、石狩川を渡って蛇行(惰性)運転となり、中愛別に到着しましたが、周りには何も無い。次、安足間!駅・・・なんて読むんだ?あんたろま、えー!読めないや。 沿線で「ネタらしき」ものはないか?と眺めつつ1時間ちょっとで上川に到着し、次の列車を待つことにした。 大抵は(観光)バスで行く所の層雲峡、その入口というべき駅なのでバスの発着があり、駅員さんも在中、清掃も行き届いていた。 特急も止まりますが、普通列車が2本だったか3本だったか・・・上川地方の東端、ここから先は行く手をさえぎるように大雪山系の山々立ちはだかり、生活圏が違うためか遠軽、北見方面にはほとんど列車がありません。 その数少ないディーゼルカーがやってきた、乗り継ぐ列車は3両編成。定員からだと3両は要らないはずだが、冬季の勾配区間をシングルエンジンのキハ40系ではちょっと不安なんだろう、と推察しながら乗り込み、上り特急と入れ違いで上川駅を出発した。まもなくエンジン音が重くなり、スタート時と速度もあまり変わらず、併走する国道の走る車が、時折かわして行く。右手に高速道路が見えてきたが、たしかここらに天幕っていう駅があったはず・・・左右をきょろきょろするがよく分からない、どうも無くなっているみたいだ。液体クラッチが何度か切り替わり、キツイ勾配を川に沿って山あいを上っていく。蛇行(惰性)運転になり、「やっと」という感じで中越駅に停車した。この先にも上越駅があるのだが、いずれも信号所扱いでもう駅ではない。過疎化の進行か、駅としての存在感も薄れ合理化されてしまったようだが、まあ・・・とにかく周りには何も無い。ここに住むとなるとーどうする?CDを飽きるまでほど堪能できそうだし、毎晩音楽を聴いてみるか?それともボトルシップ製作か・・・?(除雪と薪割りになるかも)・・・地道な趣味を持って篭れば一冬を越せそうだ。 後で知った事だが、上川出発して次の駅白滝まで路線上では約50kmの間駅が無いことになっているのには、びっくり!こんなになっているとは全く知らなかった。 さて中越出発後は国道とも離れ、山あいの谷間を縫い、更に急勾配が続き、エンジン音も更に重くなり、走っても追いつけそうなくらいの速度に落ちてきた。国道や高速道路がくっついたり離れたり・・・狭まっていく山あいに原生林の風景はかわらない。エンジンのうなり音も重く、あえぐように防雪トンネルの入ったところで上越に停車した。出発後、すぐにトンネルに入ったが、上越駅が峠の頂上だったみたいで、一転蛇行運転となり、さっきまでの喘ぎが嘘のように軽やかにかけ下っていく。奥白滝信号所を通過、右手だった国道が今度は左側に。 ちっちゃな集落見えてきた上白滝のはずだが、加速して通過、次の白滝停車し、数人の乗客が降りて一人っきりとなる。緩い下り坂が続いているのか快調に走って行く。下白滝に停車すると久々に上り列車と離合した。峠を越える数少ない列車の一つ、旭川行きの特別快速だ。 出発後も変わらず、低い山々に挟まれて湧別川と併走。丸瀬布に停車、駅舎の反対側に木材の積み出すヤードがあって木材が山積みになっていた記憶がよみがえってきた、何十年も前の話です、もちろんいまは跡形もありませんが・・・。出発後、直線が続いたかと思うと川にそうように右に左にソーイング。これまたちっちゃな瀬戸瀬に停車すると次はスイッチバックの駅、遠軽です。

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石北本線 遠軽から乗ってみた②

上川を出てから次の大きな街と言うとここ遠軽、とはいっても町ですが・・・そのむかし、札幌からの夜行急行をここで降り、旧名寄線の始発(早朝の4時頃)に乗り換えたりしていたために思い出深い町のひとつです。遠軽は町の規模より鉄道拠点としての規模(重要度)が大きく・・・(まあ高かったとも)、前半でもスイッチバックと書きましたが、そのまま真っ直ぐ進むと始発駅として紋別へ向かう旧名寄線や旧渚滑線へ、またちょっと先の湧別から南に向かいサロマ湖沿いに常呂を経由して網走に向かう旧湧網線が走っていました。旭川や北見方面からは特急や急行列車が早朝から深夜に到着、乗務員も移動や交代、また貨物列車もそれぞれへ方向転換するため機関車の付け替えの業務、客貨ヤードや扇型車庫を持つ大型の機関庫が備えて、何かとせわしなく活気の感じられる駅でした。すっかり変わってしまいましたが、今もその名残であるターンテーブルが駅舎の向こう側に「夢の跡」として残っています。 (早朝や夜の)暗い時間帯によく利用していたため、はっきりと覚えていませんが、駅が少しだけ高い位置にあり、町が見渡せるようになっていて、石垣になっている駅正面が当時は階段になっていたはず・・・。ーで、その階段を降りて右手にすぐ入ったところに銭湯があり、お湯に浸かってから夜行列車に乗ったなあ・・・っていうのを思い出しました。駅舎自体は小さくて、ちょっと前まで建物の端にうどん店がありましたが、今はやっていません。上屋だけが残り、音威子府の蕎麦屋さんと同じです。 車やバイクを運転し(網走から北に行き、遠軽の東側にある)湧別、紋別、浜頓別方面に宗谷岬を経て稚内までいくと200か300kmだったか?・・・あり、オホーツク沿岸のドライブが心行くまで味わえます、まあ運転するのが苦痛にならない人向きですが・・・。今なら自動運転の車があったりして、それなりに「くつろげる」かもしれませんが、沢山の休憩と大自然と食事、時間の消費を思いっきり、優先するほうがより楽しむことができます。 さあ、途中下車から再び乗り込んだディーゼルカーさっきと同じです。遠軽駅を反対方向に出発、家々が密集!という事も無く、町というくらいなので5分も走ると家も途切れがち•••、畑が目立ち始めたところで安国です。 安国はかつて木材貨物の扱いがあり、両側ホームでしたが、いつからか島式に。小さなホームでメルヘンチックな生野、生田原にかけてゆるい勾配が続きます。 生田原は常紋峠を越えるための東の入口、国鉄時代にはここから貨物列車に補機が付いていたため、今では駅舎反対側のホーム向こうに三線程度の空き地があり、そこが待機設備の名残、すでに40年程度が経過していて、自然と化し当然の如く面影は全くありません。 生田原駅出発直後からエンジン音が重く、速度も上がりません。左右に小さくカーブしながら液体クラッチもロウのまま、ゆっくりと上って行きます。原生林が両側からどんどん近づいてきて、もうそろそろか?と思うのですが、なかなか汽笛が鳴りません。ますます速度が落ちてきて、昔もこんなに遅かったかなあ?まさか止まるんじゃないか?と思うようなスピードになったところで汽笛が鳴り、「こんなに(距離が)あったかなあ?」と思いつつ有名な曰く付きのトンネルに進入。 少しスピードが戻ってトンネルを出たところに防雪トンネルが見え、右前と左後に退避線跡が残り、その信号機のバッテンが痛々しく見えたところが常紋信号所跡。廃止前も信号所でしたが、以前は臨時乗降場としても使われていたところです。今風でいうところの「撮り鉄」に興じた頃にはここで降りたり乗ったりした事がよくありました。ホームが無いので手すりを持って乗り込む感じです。 信号所跡からは下り坂ですが、大雪峠とは違い、短い直線に左へ、右へのカーブの連続、スピードが上がることはありません。生田原側とは違い、どちらか片側が開けていて、左右に見える小高い丘からの上り列車を撮る、有名なフォトエリアでした。進入信号の黄色が見えて減速し、金華信号所に停車です。 常紋峠の東側の入口が生田原ですが、西側はこの金華か次の留辺蘂。ジオラマを作って遊ぶ楽しさいうとどっちも捨て難いのですが、特急や急行が停車し待避線など、駅と町の規模では留辺蘂です。ですが、急勾配のはじまりで、乗務員詰所があり、アッシュピットや給水設備、補助機関車用待機線と峠越えのためには重要な場所、小さくとも存在感があったところから個人的にはこっち押し。冬の常紋越えの写真を撮り(今風に言うと撮り鉄です)に雪の中、フォトポイントにラッセルしながら向かう前後にお世話になったのが、この駅だったので余計に思い入れが深い!っていうのもあります。信号所で残っているけど、駅含めて残念だなぁ・・・と感傷に浸りました。 先ほどの冬場の話ですが、今のようにヒートテックやダウンジャケットの言葉さえ無い頃で、大きいジャンパーの下には下着にセーターをダブルで、ズボンの下にジャージを履いて更に雨合羽の下側を使う。長靴にスキー用靴下、毛糸の手袋のいでたちは、思い出しても笑いを通り越し、もう罰ゲームの域かと思いますが、「シマムラ」や「ユニクロ」が無い時代です、格好なんて言ってると凍死しかねない、それでも寒さを凌げている訳ではなく、それしかないのを若さでクリアするしかありません。 近くでいうと唐津線の多久と厳木の間がこんな感じです、でも気候と距離的規模は全然違いますが・・・。 特急と交換後景色の変わった直線を軽快に走っていく。昔のにおいがかろうじて残る留辺蘂でまたも交換となり、今度は上り普通列車、お客さんの乗り降りが終わると同じように出発した。 留辺蘂を出るとビート畑の中を北見に向かって快調飛ばしていく。相の内、東相の内、西北見と停車し、その先のトンネルで地下に潜って出て来たところで北見に到着。その昔お土産を買ったデパートがまだ存在し、ホットする、地下も通路をふくめ昔のまま。北見はハッカが有名らしくハッカ〇〇を買おうとしたら、そこのおじさんに「今はハッカなんか作ってないよ」と知らなくていい現実知りガッカリ•••したのを今も思い出します。 秋になるとたまねぎの香り満載の風が吹く(と言われていましたが)北見を出て高架道が柏陽の先まで続く。端野に到着して周りを見渡して はて、こんなだったかな?って と考えてしまった。 出発後に大きくカーブし道路と離れてくると少し思い出しました。大昔のことの上、周りが綺麗になっているために全く理解出来ていなかったのと緋牛内と勘違いしていたためです。見通しの良いカーブをいくつか過ぎて今度はほんとに緋牛内。 駅の前後は開けていて天候に恵まれるなら便利な近くで、様になる「絵」が撮れていた。もう少し根性出すならトンネル先の美幌から来る上りを吹雪まじりで撮るとカッコいい「絵」になります。とは言うものの、吹雪の中なんて今ではとても考えられません。うぉーさむい!! ーで、美幌。日本てんさいとうの工場がすぐそばにあり、シンボルみたいですぐに思い出しました。木材の積み出しもあり、広めヤード、旧相生線があったので三線のホームもある、冬場の夜行急行「大雪」の入線したホームの夜景がいい雰囲気だったんだよなぁ・・・。 美幌を出てすこしのところに短めで絵になる鉄橋ある。それを正面から見れる家があり、当時そこの家人にお願いして写真を撮らせてもらえないか?と頼みにいったところ、すでに他の人がお願いしたらしく、「勘弁してほしい」とやんわり断られました。やっぱりあつかましいお願いだったなあ、と思うのと同じことを考える人がいるものだ、とちょっと驚いたことも思いだしました。にしめまんべつ、見渡すとー何も無い。千と千尋の神隠しを地で行くところだ。その先から線路そばの林を伐採しているので林の厚みが減り木々の間から畑と家が見える。原野の中を突っ走っている訳じゃないのを今頃になって知った。めまんべつからは網走湖が見えて、国道沿いを軽やかに走りまもなく終着駅に到着だ。 特急だと半分以下の時間で付きますが、それでも中身は充実していたのでそれなりに満足・・・って話をしたら「単に時間を浪費しただけですよね?」って言われちゃいました。

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車に乗らない人が増えているとは聞きます・・・が。

天神からだと行く時のを含めて歩く事が多いのだが、時折乗る事がある。店に戻るのに乗る事にしたのだが、「お!」と思うところがあって、途中の信号待ちの間に前方の席に移動。 途中からちょっと楽しくなり、もう少し乗っていこ、と「けご町」で降りず、しばらく堪能した。 ---と西鉄バスの運転手さんのことを書こうかと思っていたところ、またまた遭遇する事になった。博多駅に行く快速、しばらくすると「お!」久しぶりだ。もちろん同じ人ではないが、またまた楽しくなる。なかなか遭遇することがないので、もう少し乗っておきたいところだが、終点の博多駅でちょっと残念、「運転手さん、上手だね」っていうと顔の前で手を横に振る、でもニコニコ笑って楽しそうでした。

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山陽線 山口を横断してみた①

岩国出発、乗った電車は、115系の3000番代2枚ドアのセミクロスシート車で、今では岩国から西でないと走っていないタイプです。イエローのシングルカラーより、以前のアイボリーホワイトにレインボーラインの方が、かっこよかったのに無くなったのは残念だなーと、独り言。数分で9穴レンコンで有名な南岩国に到着。以前は上りの発着がここからでしたが、今は、一部を除き上り下りとも岩国から。 藤生、通津、由宇と語呂の良さそうな駅名が続く。途中の海水浴場から栗のように小さく先の尖った島が見えますが、この近くで、戦艦陸奥はこの島のそばで沈んだらしい。 家々の間からチラリ、チラリと見え、神代を過ぎると道路を挟んで瀬戸内海と間近に並走。左手前方に見える周防大島がだんだん大きくなって、海と空を隔てるように横切る大島大橋の下をくぐると大畠に到着です。 加速する事も無く、四国行きのフェリー乗り場が見えてきたところで柳井港の駅。中心部に入ってから、線路跡が見えはじめ、構内に入ると電車留置線が備わった、少し大きい駅が柳井駅です。なまこ壁の古い街並みが残り、重文か何かがあるはずですが、観光的には控えめな街とも・・・言えるかもしれません。ただ、行ったことがあるのは数十年前で、そのときはお土産になにかの饅頭を買って帰りました。その柳井を出発、海からも離れて田園風景の中、長めの間隔で停車していく田布施 岩田 島田。 その昔、海水浴場で有名だった光を過ぎて、4〜5分走ると下松の手前、日立製作所 笠度工場が左手に。新幹線を作っているところでメタリックグリーンのE5系がみえました。すごーい長い鼻、さきっぽの丸い所をスケルトンにしたらすごい迫力だろうなーなんてしょーもない事を思いながら通り過ぎる。下松出発後、国道と並走、右手から岩徳線が合流してきて櫛ヶ浜、それから新幹線も頭上から、左側の出光の精油プラント沿いに走ると徳山到着です。 4分停車後、在来線と新幹線の間の待機するディーゼルカーを横目に出発、少しして今度は複数の線路が見え始め、次の停車駅の新南陽駅まで続きます。EF210が1両だけ、「コキ100」はどこ行った? 福川駅の次が戸田(ヘタ)ですが、この駅が変わり者(あくまでも駅的にですが)4つののりばを持ち、さらに(使っていないが)側線もある、全部ではないが、かつて(新幹線開通前には)急行も停車していた。貨物用の引込み線(跡)まで備えているくらいだから大きな駅だったはずなのだが、周りには思ったほどの家が無く、駅舎反対側は田んぼ、(調べてはいませんが)工場らしきものも見当たりません。あえて言えば湯田温泉、、、ちょっと強引かなあ?と思うほど遠く、不思議な立場の駅、だとー思っています。 その不思議な駅を出て長いトンネルを抜けると再び瀬戸内海に出た。セパレートになった小さなトンネルをいくつか抜けながら海岸線に沿って走りますが、静かな海がまぶしい。その昔、東京からの寝台特急が朝方に通過する時間帯なので、瀬戸内(海)を入れて撮ると絵になる所の一つでした。 左に右に緩いカーブ抜けると家並みに囲まれた小さな漁港が見えてきて富海に到着。三日月のような入江に位置して、夏場の海水浴シーズンしか訪問客がなさそうな漁村は、街並みはおろか跨線橋のある駅も昔のまんま。大林宣彦さんの映画かなんかに出てきてもおかしくない光景です。 家々が目立つ手前から高架線となり、乗り場は上り下りの2本だけ、規模自体はかなり小さくなった防府に到着。昔は貨物の入れ替えもあったはず・・・。地上部分はもっと充実してると思われますが、下車しないので不明です。駅を出発後、いままでとは違い明らかにスピードアップ、高架を下りて大道、四辻と田園風景の中を走ると右手に扇型の車庫が残る新山口駅に到着です。 あの「やまぐち号」の走る山口線の起点駅、以前は小郡って名乗っていました。ここで接続のため、隣ホームの電車に乗り換えです。 乗り換えには十分な時間ですが、うどんだ、そばだ、なんてものもなく、改札の方まで行って様子をうかがい、戻ってくる。「やっぱり、SLの運行日くらいが一番の賑わいかなあ・・・?」と思って腰をおろすと間も無く出発。嘉川、本由良、厚東と昔からの家並みをながめながら、宇部駅に停車する。山陽本線の駅は市街地から離れているため、中心部にはここから宇部線に乗り換えます。広めのヤードが残り、駅の西側にJR貨物の貨物ターミナルがあってコンテナがたくさん積まれていました。小野田線の分岐駅である小野田を出発すると左手に側道のような空き地が見えはじめる。かつて貨物列車が往復した専用線の跡で途中から右に移り本線に沿って厚狭まで続きます。石灰石列車が行き交ったレールは撤去されて、跡地は草に覆われ、その賑わいを見ることはありません。手前にみどり色の鉄橋がそのまま残る次の駅、厚狭は、行政区としては元山陽町(今は山陽小野田市)さきほどの石灰石列車の荷役を担った機関車たちが在籍し、その機関区とそれらの貨物ヤードを備え、先ほどの専用線で宇部、小野田方面と北の美祢の間を行き交い、国鉄時代は特急も停車するほどの駅で鉄道設備としては一大拠点でした。今も新幹線が止まりますが、貨物の取り扱いは無くなり、機関区跡はソーラー発電所、町の北側にできた国道バイパスのためもあって駅前はのどかさが漂います。 新幹線側が新たに整備されてはいますが、「これ!」という物はありません。そのかわり--見方を変えると住むには良さそうーとも思う。雑踏と排気ガスが恋しい人には向きませんが、秋には虫の音が聞こえそうだし、慢性的な渋滞があるとも思えない。福岡近郊に比べて多分地価も安め(のはず)、畑をかりて土いじりもできそうだ。瀬戸内の海はそこ、秋吉台にハイキングも近いし、山陰海岸へもひと山越えてのドライブでいい距離だ。街が恋しくなっても新幹線だと福岡くらいなら楽勝だが、そうじゃなくてもなんとかなる。空港が不便だが、年に何回乗るか?だったら大したことじゃあない。これで小倉辺りに通うのだったら時間的にも良いところじゃないのかなあ?とも思う。もちろん手当が出れば・・・の話ですが。 と数分停車の間に考えていた厚狭駅を出発。正面にオートレース場が見える埴生、国道が見え隠れし、家並みが目立ちはじめて日清食品だのシマノの工場がある小月に停車していく。有名な武家屋敷のある長府、元は長門一ノ宮と名乗った新下関を過ぎると山陰線との分岐駅で車輌整備を行う工場(工場とは言わないかも?)がある幡生と来るともう終着駅もすぐそこです。大きな貨物ヤード右手に見ながら東方へ向かう機関車群が見えてきて速度を落とし始めてホームに入線、下関に到着です。 昔ながらのホーム数がもったいないので山陰線に特急「まつかぜ」でも走らせたらどうでしょう?博多からJR West持ちで4両編成のディーゼルカーを仕立て、下関で増結2両の松江行き、です。食堂車の「キロシ」かなんかをくっ付ければ、あの「瑞風」出なくても楽しめると思いますがいかがでしょう?

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地元は優勝セール中

毎年この時期になるとやってくるMさん、今年はちょっと早いのですが、また来てくれました。 彼は熱烈なカープファン、2年前にはCSに敗れて怒り狂っていた彼である。「今年は残念だったねえ・・・」と話をふって着火してしてみたが、意外にもさっぱりした答えが返ってきてこっちの方が予想外、まあ拍子抜けしてしまった。 話が日本シリーズに移ると、いつものように元気なり、解説がはじまりちょっと安心した。 「(ホークスの)4連勝で制覇、とは言いませんが、負けても2敗、勝負は見えていました」ーほう、それは? 「1戦目ホークス先発は千賀、エースです。一方ジャイアンツは山口、今年は15勝して防御率も悪くありませんが、まだエースではありません、エースはなんと言っても菅野。その菅野が4戦目というのは(故障とはいえ)ローテを考えるまでもなく短期では考えられません。その上先発要員も安定性がなく駒が足らない、ホークスも先発の東浜を筆頭に武田、中田がいない(活躍していない)のは痛い所ですが、ジャイアンツはそれ以上です。おまけにサファテの穴を森が埋めて、比較的安定したリリーフ陣に比べ、先発が転ぶと打撃戦に持ち込まないと引っ張れないリリーフ陣では原監督も頭が痛い、せめて田口が・・・」ーへえー投げる方はダメ?・・・ 「まあ、投げ合えば、昨年くらい投げて菅野と今年何とかがんばった山口で2勝、7戦まで持ち堪えてギリギリ4勝ですからピッチャーだけに頼るのはとてもできません」-ならば、打つ方か? 「あーまだこっちの方が期待できますーできました(過去形だ)。(本塁打を)40本打った坂本、岡本も丸も30本くらい打って公式戦では数字を残しています。なのに残念ながらこのシリーズでは全くダメで、しかも勢いのつく勝ち越しや突き放しの場面では全く打っていません。主軸を担う連中ですから、そこでは少しくらい打たないと・・・(5番以降が期待できないのと)チームの士気があがりません。デスパイネ、松田、柳田もそんなに打っていませんが、そういうところでは必ず(一度は)打っています。特に柳田は存在が大きく(特に打撃戦になると)結果に大きく影響します。亀井が打ちましたが、それだけでは・・・ねえ」ーそうなのか・・・ 「後半になって調子のあがった千賀や高橋を攻略するのは、無理かなって思っていました。」ー圧勝って感じなの? 「いや、結果的にはそうなっていますが、乱打戦になった試合がないので、満遍なく点を取ったホークスが勝った感じです。あと工藤監督の戦略がよくできていたような気がします。原さんもリリーフなんか考えていますが、工藤さんの方が誤差が小さい・・・なかったんじゃあないんですかねえ」ーCSからの連勝で? 「連勝で来ると普通、勢いって思いますけど、試合運びー選手起用はノリだけでは上手くいきませんから。負けなかったのはおまけです」-へーそうなんだ。やっぱ、詳しいね!(ざっくりでこうです) 「でも、今月はやっぱりラグビーかなあ?」-うーん。多分。 「セールしてるんですよね?行ってこようかな?」-何か。買うものあるの? 「いやー雰囲気を味わいに」あ、そう。じゃあ楽しんでおいで、また来年。

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ため息が・・・漏れたが、鼻息も荒い!

なんのことはない、ホークスのことである。 たまに来られるNさんはすこし(?)だけと言いつつ熱烈なファンである。 -今年も残念でしたね?「デスパイネや松田がよくやっていますが・・・あと内川もです」-でも打率も欲しくないですか?「そこを求めるとチームと個人的な面白味に欠けます、まあいいとこで打ってはいるのでOKです。内川はそろそろ若手がねえ、長くやってもらいたいのはやまやまですが・・・」-ほうほう、ところでやっぱり柳田は大きいですか?「大きい!なんてもんじゃない、それが一番痛い!上林や今宮も、もちょっと何とかいければ・・・」-個人的には中村が痛いと思っていますが。「それもいい役目ですが、4番が抜けるのはやっぱり痛い!・・・でも、シブいところ突きますね」-はあ、大隣が好きだったんで。 「へえーそうなんですね。その投げる方はもっと痛い、なんてもんじゃない、激痛ですね、複雑骨折です。東浜、バンデンハークをはじめ中田、武田に和田でどれも・・・」とますます静かにヒートアップ 「ただですね、どこの球団もピッチャーに関しては四苦八苦しています。打ちまくった西武が優勝っていうのもうれしかありませんが、仕方のないところかと・・・」と普段はまったくそんなそぶりをまったく見せないのに細かで熱ーい分析を展開、「そんな中、今年も良くやったなあと思っています」とCSも終わっていないのに納得のご様子です。 でCSは?と尋ねると「そうなんですよ、それを考えていてですね、千賀と高橋だが・・・。だれを先発でいくか?向こうは則本かあ?どうする?高橋は西武戦で(も)使いたいし・・・バンデンハークは・・・」-と真剣に悩んでいるよう。ところで千賀の楽天戦ってどうなんですか?「そーなんですよねえ、楽天戦がちょっと・・・でも負けたら次は無いのでエースが投げんなんかありえん!」と最後は分析どころではありません。-ところでリードかなんか買っていきませんか?「それそれ!そのために来たのに忘れるとこでした。これだからいかん!なかなか上手くなりませんね」 でも、「ワールドカップ」という大イベントがあるのにこっちは相当影がうすい・・・。 ーが、ちょっと・・・というか相当興奮した!なにげなく見ていた、対スコットランド戦のことだ。日曜日の夜、見ていて「なんだ、結構やるじゃないか、これなら勝ちそうだ」と3トライ目のところでチャンネルを変えてしまった。 ところが、再び変えて後半戦、「ヒヤー危ない!あとワントライで同点やんか!」とテレビに釘付けです。最後の15分間はテーブルを抱え込んで大声援!見た人はお分かりと思いますが、あのディフェンスには大興奮でした。 翌日は地域柄CS突破のホークスですが、すいません譲りましょう!今回はラグビーです!

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かつての聖地の続き

隣のビルが解体されているのだが、振動と音がすごい。直接面しているわけではないので苦痛なほどではないが、相当頑丈な基礎か、地上部分がなくなってからも三台の重機が大忙しだ。 そういえばここ一年であっちこっちのビルが解体されていてその現場がよく目につく。南側の警固、東側の大名でも作るほう含めて大盛況である。 その解体と言えばニュースでもかなり取り上げられ、その道の好きな方には本当に名残惜しい建物も解体途中、そう九電記念体育館だ。 多分今頃は更地に近いぐらいかもしれないが、知り合いのTさんは、さいたまスーパーアリーナまで見に行く大のプロレスファン。その話をちょっとふるとと案の序食い付いてきた「そうなんですよねえ、昔は・・・」と名勝負と言われる数々の試合を語られます「・・ここら辺に控え室があって・・・」と生き字引ような話が次々、その後も延々と続きます。「スターレーンも無くなったんですよね、駅から近くで便利だったんですよ。そういえば・・・」ととても終わりそうにない。 この時期恒例のものが届いた「スイカ」である。知り合いのM君からだが、これがまた自他共に認める格闘技好き、教えてはいないのだが、彼もきっと残念に思うに違いない。 夏休みの時期ですが、もう建物が無くなっていました。あとはきれいに整地するだけ・・・ 夏休みも終わって、もう何もなく裏手(浄水通りから見て)の高校と小学校が丸見えになった。更地の広い事に驚くが、もう基礎工事が始まっている。

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後藤寺線 船尾駅に行ってみた

日田彦山線の後藤寺駅を出発して下り坂をカーブしながら国道をくぐり、両側の視界が開けて、昔は有名なフォトポイントだった中元寺川の鉄橋を渡る。新しき家がチラホラ見える田畑の中を軽いエンジン音を響かせながら、しばし直進。ゆるく上り始めて左にカーブし、山間に入りかけたかなって所で船尾駅に到着。 30年以上前まで石灰石専用列車が行き来した構内の慌しさは、今や草地となった跡地が残るだけ、単線に緩くカーブしたホームが1面……それだとローカル線によくある静かなたたずまいの駅ということだが、向かいと反対側にデカイセメントプラントが聳え立ち、岩石を砕くのか騒々しいうえに、大型車両の出入りも頻繁で、のんびりした感はない。 と、書いたところで新聞の記事が目に止まった。JR九州発表のものだが、輸送密度(1km当たりで一日の乗降者数)は下から5番目、運賃収入にいたっては最下位、10キロ少しの路線で、全線乗っても2~300円、少々人が乗ったからと言って路線全体からみればたかが知れている。となると「え?廃止の危機か?後藤寺線!」なるところだが、調べてみるとちょっと面白い。 田川と飯塚、バス路線に替わってもよさそうにみえる【ふむ、ふむ】。単行(1両)運転であり、他にも似たようなローカル(地方)線が第三セクター(平成筑豊=糸田、伊田、田川線等)や廃線(漆生、下山田、添田線等)になったりしているうえ、この路線の成り立ちが鉱石運搬を発端(現在の貨物輸送はない)としたところを見るに、よくJRが残しているものだと感心する【なるほど、なるほど】。 一方で一時間に1本……というと不便に感じるかもしれないが、運行本数は一日往復25本程度ある。幹線と言える日豊線のとある駅など朝2本、夕方2本、夜2本の計6本(もちろん上下線でである)しか止まらない(特急列車の運行が無い)ことを思うと、結構な大盤振る舞いだ【ふーむ、たしかに!】。朝と夜には時間あたり2本運行、そのためにこんな短い路線にも関わらず離合ができる駅も備えていて、なぜか午前中には快速も運行、早朝から夜間までむらなくあって割合便利なというか、ずいぶん手厚い路線だと思う【言われてみれば、そうかも】。 特急も通らないのに……、見方によっては不思議さのある路線だが、博多への直通列車が無いのは残念だ。「ニーズが無い!乗り継ぎで十分だ」と言ってしまうとここから発展がないが、朝と夜に2本程度なら何とかなるのでは?と思う(根拠は無い)。後藤寺線で使っている「40系DC2両編成で」って言うのが現実的(手っ取り早い)方法だろうか? でも折角だから新型車両の投入を考えてみた、ディーゼルカーではない!電車である【これはまた、大胆な!】、それもバッテリー併用の。筑豊、篠栗線内ではパンタグラフを使用、非電化の後藤寺線内ではバッテリーで走らせる。これなら他の電車との分割併合が可能(と思う)だし、後藤寺線内は10キロちょっと、最高速度だって60キロも出れば十分だ、その程度ならバッテリーだって今の技術ならあっさりクリアしてしまうだろう。オプションで桂川から原田の筑豊線でもと、似たような運用もできそうだし作ってみる価値は十分あるように思う。少なくとも「フリーゲージ」よりは現実的でロウコストだ。できれば小倉工場で自社生産、営業力を強化して海外へ売り込むーと、展開もある。一度検討してみてはいかがだろうか?【←誰が検討するんだ?それ】 ←注1 さて停車時間が長くなりましたが、船尾を出発した列車は、プラントの間を縫ってゆっくり登り、トンネルを抜けて下ったところが筑前庄内駅、以前はこの線区にあって筑豊っぽくない薫りするところだったが、今では他の所と全く変わらなくなってしまった。1キロちょっとで下鴨生、旧漆生線分岐駅からか広い構内が残り、(珍しく)離合ができる駅である。民家だの田畑だののそばをはしり、上三緒を過ぎると家々が目立ち始め、201号線をアンダークロスすると、新飯塚がもうすぐだ。 注1:後日、JR九州に勤める、T君から情報をもらった。「その電車ならもう走っていますよ、デンチャって言うんですけど。残念ながら後藤寺線じゃなくて、筑豊線の折尾と若松の間をバッテリー走っています。もう一年くらいになるんじゃないかなあ?他にも…」なーんだ!もう走っていたのか、ぜんぜんしらんかった。いいアイディアだと思っていたのに…。でもデンチャはかわいいが "TL Twin Power Evolution 1"なんて呼ぶほうがかっこいと思うけどなあ。

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もう「リニアモーターカー」とは言わない?

ニュースを見ていたら、JR東海のリニア新幹線の話が載っていた。ちょっと前に「自前でやる!」と言っていただけに、それ自体は驚かないのだが、びっくりするのは3兆円(総額5兆円!)の借り入れと2056年の返済。 40年返済なんて学生時代なら「その頃どんなに世界になってるだろう?」なんて気楽に考えていただろうが、今だと生きているかどうかもわからない、まあ乗ることにならないっていうことです。 車両、運行システムをはじめトンネル掘削など先端技術の塊で想像のつかないところですが、景色が見えないのはどうも気に食わない。時速500km、名古屋まで45分?だったか…「そんなので景色がいるか!」と言われれば、居眠りしている間に下車準備の車内放送、通勤電車なみだ、要るはずも無い。ひょっとするとそれでも欲しい!と私のようにわがまま言う乗客向けに、これまた最近流行りのVR機器が貸し出し、もしくは標準装備……窓に映し出された景色を見ているかもかもしれない、と想像するに「リニア」なんてそんなのでいい、と納得してしまうのです。まあ生きててもいい歳だ、寿命も延びるかもしれないが、現実との区別もつかないだろうから、まあいいか。 ところでこの途方も無い計画事態(偶然かもしれないが)JR東海でないとできないかな……と思っています。 たまたまリニアの話題に食いついたのですが、昨今のJRのトレンドは、「ななつぼし」に始まり東日本の「四季島}西日本「瑞風」と豪華列車だ。エリアの小ささと稼ぎ頭の新幹線受け継いでであっという間に高収益を上げてきたところで先ほどの「リニア」に走れる訳ですが、反面その反動か、この手の豪華列車の運用はもっとも苦手な方向のはず、収益は譲らずともイメージ戦略としては一歩後退かな?って思っています。 その東海がもし豪華列車を走らせたいとすれば、方法があります、それは、……。 (ほとぼりがさめたところに発表します)

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